「は、はい」
「そうか、…言葉も喋れるようだし、単語の理解も出来ているので、これは経過次第ですね」
「…先生、彼の記憶は治るのでしょうか」
「そうですね、治るかもしれません」
あっけらかんと医者が話した内容に、三人全員が唖然とした。
答えはまたもや「経過次第」だったが、「治る」と見込まれたのは此処が初めてだ。
医者が、一度立ち上がってから、奥の棚に綺麗に並べられた資料のいくつかを手に取り、ぱらぱらと捲って中に目を通し始めた。
「記憶障害を伴った患者自身をこの目で看るのは初めてですが、文献と過去症例はいくつか存在しています。彼の場合だと…そうですね、今の状態と、資料から推察するに、恐らく、記憶を処理する部分になんらかの混乱が生じているんでしょう」
「処理する部分?」
「そうです。頭には三つの役割があると言われています。それは、記憶を、溜める部分、処理する部分、実際に使う部分。この三つの役割を使って、人の頭は動いていると言われているんです」
「…ああ、なるほど。倉庫から、選別をして使用するという事か」
「おお、わかりやすい例えですね。彼はその選別と使用する部分が現在、きちんと出来ているにも関わらず、一部を思い出せないでいる。という事は、壊れているのではなく、使い方に混乱をきたしている可能性が高いと思うんです」
「…そうか、確かに。壊れていたらそもそも使えないしな」
「あと、頭に記憶を溜める部分、貴方の言葉を借りると倉庫ですね。この中は、いくつかの部屋に別れていると言われていて、例えば、人との記憶でしたり、物への知識でしたり、言葉の使い方でしたり、たくさんの分類がされていると言われています。その内の一部分が今、彼は中々取り出せない状態にいるんでしょうね。…まぁ、彼の頭の中の部屋が、部分的に壊れてしまった可能性もあるんですが、そうとも言えない内は、悲観的に考えず、思い出せると思って治療に望んだ方が宜しいでしょう」
「治療法は、具体的にどのようにすれば宜しいでしょうか」
「そうですね。彼とたくさんお話をして下さい。それから、なるべく、色々な事を思い出せるような会話をして下さい。そうすれば、回復しているかどうか、今、頭がどんな状態にあるか、より判断しやすいですし、もしかしたら、何かの切っ掛けで自然と記憶が治るかもしれません。今後の通院は、また何か困った事があればで結構です」
「…先生、素晴らしい診察でした。有り難う御座います。正直、此処にくるまでにほとんどの先生に食器を投げられましたので、どうしたものかと頭を抱えていた処なんですよ」
「まぁ、記憶障害なんて例をほとんど見ないと思いますので、それも仕方ないのでしょう」
「ところで先生、謝礼はいかほどお支払い致しましょうか?先生には今、たいへんな御恩が出来ましたので、なんなりとおっしゃって下さい」
「それは有り難い。それでは、三千蝗でお願いします」
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