彼の治療の答えに辿り付く為、早速付近の病院を人に尋ね、趣き、診察を頼んだ。
医者は少年の状態に目を丸くさせ、初めに「例がない」と言って困った様子を見せたが、それでも、列車の医者と同じように、少年に問診と触診を施した。
日が大分暮れ、病院自体が扉を締め始めるまでに何軒も渡り歩いてそれを繰り返した。結果は、どれも「経過次第」だ。
開いている病院がとうとう無くなると、レグサが「腕の悪い医者ばかりだ」とぼやいた。
ついでに「腕は使ってないから、頭が悪いと言うべきか?」と、悪態の混じった補足もつける。
この場合、医者の所為ばかりでは無いと思うのだが、金ばかり払って全部同じ結論でしかも治るかどうかは結局迷子となれば、ぼやきたくもなるのは頷ける。
それでも、他に行こう、他に行こうと、常に勢い込んでいられたのは。
――――四日くらいまでだ。
ひとつの街の病院に宛てがなくなると、それじゃあ次の街に、それでも駄目ならまた次の駅に、と、繰り返したその全部の答えが「例を見ない」「経過次第」では、来ない料理に食器を投げ出したくなる気持ちだ。
レグサはまだ、くたびれる様子もなく真剣に取り組んでいるようだが、アガサは既に食傷気味だった。そろそろ手を引こうかと、真剣に検討する程度に。
最も、一番くたびれているのは少年自身だろう。その証拠に、医者に同じ結果を聞かされる度に落胆していた表情が、今では無表情の一徹だ。
目だけはかろうじて動いているが、その中身も、日に日に生気が無くなっている。
記憶が無いということは、普通の状態よりも精神負荷が大きいらしい。それは、彼を見ていると良く分かった。
適当に入った店で珈琲を頼んだレグサが、行儀悪くそのカップの縁を噛みながら、苛立ち交じりに「意見が狭い」とぼやいた。
「なんで別の人間から、ほぼ二つの言葉しか出てこないんだよ。延々と同じ辞典をひかれてる気分なんだけど?医者って本来、どういう意味だっけ?」
「しがない開業医じゃ仕方ないでしょ」
「そうだけどさー、なにも違う顔が横に並んで同じ言葉言わなくても良くない?ほんと、金返せなんだけど、あーあ」
「…じゃあ、遠いけど総合病院までいってみる?」
総合病院は医者がひとりかふたりしかいない個人医院とは違い、医者の数もその判断力も優れている。
あそこに行けばよっぽどの病気は見つかると言われるくらいだから、彼の症状も何かしら手を打ってくれるかもしれない。
同じことを考えていたのか、レグサが「そうだね」と言って、カップの縁から口を離した。
「こんな状態が続くようならそれも検討しよう。…けど、そうなると移動に時間がかかるね。特治街の方に卿が何日滞在されるか分からないから、そっちを先に済ませて」
「…あの」
喋っていたレグサの声を少年が遮った。此処のところ問診以外はほとんど黙り込んでいた少年が突然声を出したので、レグサもアガサもあからさまに驚く。
少年は、買って貰ったはいい物の、ひとくちも口をつけていなかった珈琲を、今更こくりと飲み込んで、「もういいです」と、珈琲よりも暗い声で言った。
なにが?と、レグサが尋ねるのに、目を合わせず答える。
「…俺の記憶、もういいです」
「………何が良いのかな?」
14>>
<<
top