「そうかもしれないんだよね。今、それを考えていたんだよ」

「え?」

「何を驚いているんだ。さっき説明しただろう?彼は時計が違うんだ。本人自体が根本からずれている身体なら、治験結果の安全性にかからなくても不思議はない。それを彼は、身体で証明したに過ぎない。医者と君はあくまで、此処で知られている話しかしていないんだよ」

何を言われているのか一瞬分からなかったが、暫くして、はくはくと口が戦慄いた。

「………待って、そんなことが関係するっていうの?」

少年が目覚める前に、笑い飛ばしてしまいそうな話を彼がした事をじわじわと思い起こす。

つまりは何か。彼は「時計の違う人間の存在は、その身体をも証明対象」になると言いたい訳か?

有り得ないだろうそんな事は。そう言いたいのに、アガサは先ほど自分が「奇跡的な確率にあったのか」と、自らが口にした事を思い出して、唇を噤んだ。

…奇跡的な確率と、夢のような話はどちらの方が現実味を帯びるのか。

どちらの判断も出来なくて、アガサ自体が霞んでしまいそうだ。

「いやーしかし、参ったまいった」

夢物語について真剣に考えていたアガサの対面で、突然レグサが真面目を脱いだ声を発した。

顔を上げると、ちょっとだけ眉間に皺を寄せたレグサが、再度「困ったよね?」と言って、首を傾げて見せる。

「まだほとんど触ってもいないのに、担保をいきなり失くされるとは、…想像以上にも程があるよ。時計は何時でも、冗談だろクソ野郎!金返せ!って事が大好きだよね?」

「…アンタねぇ、それ以前に、あの子の人生が、アンタの所為でひん曲がっちゃったかもしれない事を謝りなさいよ」

「謝ろうにも、相手に謝る為の記憶が無い場合はどうするんだい?ぜひとも教えてくれよ」

「うわぁ、あの子の代わりに殴りたい」

殴っても反省しないだろうけど。それが投資家というものだ。

レグサはふと、また真面目な顔に戻って考え込んだかと思えば、暫くして、かけていた眼鏡を起こすと「損切りはまだ早い」と言って椅子から立ち上がった。

「なにもまだ、思い出さないと決まった訳じゃない。医者も、彼の記憶は頭にしまい込まれたのか、壊れたのかは判断がつかないと言っていたしね。それに、医者ひとりの判断を完全に仰ぐ必要は無い。次の駅で降りて、他の医者にもかかってみよう。なにか有用な手段を知っている医者がいて、思い出す手立てが見つかるかもしれない」

「…見つからなかったら?」

「忘れ物を見つけるコツは、見つからなかった時の事を考えないことだろう?とりあえず、サノト君にその事を掛け合おう。アガサ、ちょっとついてきて」

「なにをするの?」

「彼をまず説得するよ。口はふたつあった方が便利だろう?」

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