皆が見守る中、少年は医者の問診や触診を繰り返し受けていたが、その内、医者が問いかけても、黙り込んで答えなくなってしまった。

ひとことも喋らない少年に根気よく話かけていたが、暫くして医者は、少年に「ゆっくり休んでいなさい」と言ってから、アガサとレグサを連れて別の部屋へと移動した。

特別に借りた乗員休憩室で、医者が眉を顰めて口を開く。「お連れの方は、おそらく記憶障害でしょう」と。

想定をしていなかった事態に、二人も人間が居るのに言葉が見つからなかった。

やがてレグサの方が「具体的には、どういう症状なんでしょうか?」と、無難な返答を口にした。

医者が、顎に蓄えた髭をひと撫でして、軽く唸る。

「簡潔に言えば、今まで本人が蓄えてきた記憶が、なんらかの原因で、頭の何処かにしまい込まれ出せなくなる状態、もしくは、壊れてしまっている状態ですね。原因に思い当たりはありますか?」

「…彼が今の状態で目を覚ます前に、一般の睡眠薬を服用しました。それは原因にかかりますか?薬自体は、初めての服用でした」

「…いや、睡眠薬であの状態は考えにくいですね。実際にあれば、もっと例を聞くでしょうし」

「そうですか。…先生、彼は治るんでしょうか?」

「いや、なにせ私も記憶障害の患者を目の当たりにするのは初めての事ですので、治るかどうかははっきりと、私の口からでは…。一説には、原因に見合った衝撃を与えると治るという話がありますが、憶測の域を出ませんし、そもそもの原因が分からないとなると…。とりあえず、快復は経過次第としか、今は判断の仕様がありません」

他、脈などに異常は無く、嘔吐した事以外は容体も悪化していないので、体調に悪い変化が出たらまた医者にかかって下さいと、ありきたりな説明をしてから、医者はレグサから謝礼を受け取り退出していった。

残されたアガサとレグサは、暫くしてお互いの顔を見合わせてから、どっかり、近くに置かれていた簡易な椅子に座り込んだ。

「―――つまり、あの坊やが記憶障害になったってことは確実だってわけ?」

渋い顔を見せるアガサの対面で「まぁ」と言って、レグサが縦に頷く。

「状況と医者の言葉を信じるとなると、そういう事になるよね…原因は、やっぱり睡眠薬かな」

「ちょっと、さっき医者がそれは無いって言ったじゃない」

「いや、薬は人によっては副作用の発現するものがある。その副作用の症状がもし仮に、一列にならないとすれば、これは一応、筋の通った話になるよ」

「そんな事分かってるわよ。アタシは、それで記憶が飛ぶなんて大げさだって言ってんの。人間の身体って頑丈に出来てるのよ?そもそも、薬って何回も治験をして、人の身体に最低限、被害が出ないって確認できないと、出回らないでしょう?その網を通った物から、こんなに大きな副作用が出るのは変でしょ?」

「………」

「それともなに?この坊やだけ、奇跡的な確率に身体がぶち当たったとでもいうの?」

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