ゆっくり、ゆっくりと撫で続けていると、暫くして、少年の呼吸が通常のソレに形を取り戻してきた。

のろのろと顔を上げた少年の目が、レグサの顔を見据える。

「あの、す、すみませ…ん」

自分のしでかした事は理解しているが、もうどうしようも無かったんだ。みたいな口調で、少年が真っ青と真っ白を繰り返しながら謝罪する。

レグサは、あっけらかんとした笑顔で、「良いんだよ」と言って頷いた。

「こちらこそ悪かったね。…まさか吐くとは」

被害を被った方が何故謝るのだろうかといった顔で、少年はきょとんとしていたが、それを交互に見ていたアガサにしてみれば、レグサが謝るのは当然の事に思えた。

何せ、こいつが何もしでかしていなければ、少年は元より吐くことすらしていなかったのだから。

うう、と、少年が唸っている内に、事を察知したらしい車掌と乗員がやってきて、酷い惨状になっていた現場を直ぐに処理してくれた。

片づけの最後に、またぐったりと蹲った少年を二人がかりで非常室(といっても簡易なもので、ベッドはあるが医者などはいない、が、こういう物があるだけ私用列車は便利だ)へと運んでいった。

非常室に運ばれた少年をレグサが追い、アガサもそれを追う。

汚れた部分だけ脱がされた少年が、ベッドの上に寝かされ、布団をかけられる。

外的な被害が一番大きかったレグサはと言えば、乗員に、置き去りにしていた自分の鞄を持ってきて貰い、念のためもし列車内に医者(アスタの私用列車は取引関係の人間も乗車する上、医療関係の人間が居ても不思議では無い)がいるようなら探してきて貰うように指示した後、豪快に、上から下まで脱いで、先日着ていた服に着替え始めた。

汚れた制服は一度こちらでお預かりしましょう。と言った乗員にそれを預けながら「もしあれだったら捨てて良いよ」などと言い出したので、乗員が吃驚していた。

アガサも流石に吃驚したが、まぁ、レグサだし、と、変な納得もする。

しかし、これで少年の目は完全に覚めた事になる。

今は体調不良から状況を混濁させている様子だが、気分を持ち直した時、彼は次に何と言ってレグサと対峙するのだろうか。

ふらりと、近くで物は動く気配がした。振り返ると、横に倒れていた少年が、漸く自分の意思で動けるようになったらしい身体の半分を起き上らせていたところだった。

着替え終わったレグサが、起き上った少年にささっと近づいて、「大丈夫かい?」と、その顔を覗き込んだ。

それに反応した少年が、レグサの顔を見て、次に、アガサの顔を見て。

「…えっと、どちら様ですか?」

今、自分が此処に何故居るかよりも、先に他人の存在が引っかかったらしい。レグサが間髪入れず、「ああ、彼は…」と、アガサの事を説明しようとした、が。

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