「いや、規定の量をアルコールに混ぜて、長くても2~3時間で起きる効果の筈なんだけど、個人差があるのかな…。ちょっと無理に起こしてみようか。おーい、サノト君、おーい、おーい!」
とんとん、ぺちぺち。手に強弱をつけて少年の頬を叩く。
時折、ぐりぐりと頭を撫でたり、頬をつねったりしながら、暫くレグサの玩具のようになっていた少年だったが。
「……――――っ」
予想だにしないタイミングで、少年がいきなり目を開けたので少し吃驚した。
不自然に感じる程静かに目を開けた少年は、暫く、丁度起きた視線の位置にあったアガサの膝…いや、本人的には何処でも無い場所なのだろう。そこを、ぼうっと見つめていた。
その顔を、アガサもレグサも互いの覚悟で見つめていたが、アガサの方が、対面に座っていた所為か、彼の顔が徐々に蒼褪め始めたことにいち早く気づいた。
状況に混乱している。と説明するには、いささか異常な蒼褪め方だ。
少年は、ごろりと自分の身体を向きを上に返ると、レグサの顔を見る形で、ぽつり、「気持ち悪い」と呟いた。
「え、酷いな。僕、結構ハンサムだねって言われるんだけど?」
「いや、アンタの顔の事じゃないでしょ。…ちょっと坊や、お顔の色が真っ青よ、大丈夫?」
けして大丈夫そうでは無い顔色に声をかけると、少年は真っ青な顔で、今度は、ふらふらと視線を彷徨わせ始めた。
その内、真っ青だった顔を真っ白に漂白させると、…ぱん!と、あからさまに手を口に当て。
「吐く」
「…え!ちょ、待ちたまえ!ちょっとだけ堪えるんだ!」
「大丈夫!?ちょっと!こっち来なさい!」
座席に傾いて顔を押し付けようとした少年の身体を二人で抱えて、連絡通路に三人で逆戻りする。
そこで糸が切れたらしい少年が、丁度目の前に居たレグサにしがみついたまま嘔吐した。
わぁ、アタシじゃなくて良かった。
…というか、アスタの投資家、しかも制服に吐いた一般人って、この子が初めてじゃないかしら。今度話のネタにしよう。
少年は暫く吐き続けていたが、やがて中が空になると、ずるずる、その場に蹲って動かなくなった。
レグサの足元に抱き着く形で固まった少年は、背を屈めて、まだまだ苦しそうに、呼吸を元の軌道に戻そうとしていた。
レグサが、器用に屈んでその背をゆっくりと撫で始める。アスタが時計の次に大事にしていると言われる制服に嘔吐された事など、微塵も気にかけてはいない様子だ。
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