痺れを切らして中に入ってしまえば良い話なのだが、アガサがこうして無駄な時間を割いてまで立ち呆けているには訳があった。

いや、訳というよりは、例外にぶち当たったので、足をこまねいているという方が正しいか。

何故なら、此処で待ちあわせをしている人物と、別の場所で待ちあわせ(そう多くはないけれど)た時、一度たりとも彼が遅刻をやってのたけたことがなかったからだ。

待ち合わせ人は、何時も、約束の時間のもう一歩手前の時間に姿を置いていて、涼しい顔をしながら「やあ」と言って手を振ってくるのが常だった。

それを知っているからこそ、この遅刻に異常を感じていた。

一瞬、事故や事件を連想して、首を振る。そんな訳あるか、ではなく、ああ、それも有り得ると思ったからだ。

何せ敵の多い仕事なので、自分達には、何時何がどう起こっても不思議では無い。

色んな可能性を吟味している間、とうとう残りの十分が過ぎ去ってしまった。

背後の列車が、じりじり!とけたたましい音を鳴らし始める。出発を間近に控えた合図だ。

「……ふうん」

色んな可能性の中から、とりわけ「最悪」を断定し、アガサはその場で手を振った。

彼はアガサの知り合いの中でも、とりわけぶっ飛んで面白い人物だったのだが、関係性はこれまでのようだ。

一緒に列車に乗って、ゆっくり会話出来る事を楽しみにしていたのだが、不足の事態だけはどうしようもない。

さようなら、結構嫌いじゃ無かったわよ。そんな事を色々胸に浮かべ、漸く列車に乗り込もうとした―――直後。

「はいはいはい!乗ります乗ります!」

階段から、がたがた!どたごた!人が駆け降りてくる音が聞こえた。

咄嗟の事に身体の半分を回したアガサの目に映ったのは、身体を前のめりにさせて走る知人、もとい待ちあわせ人の姿だった。

はっとして、お互いの視線がぶつかると、相手が不敵な笑みを浮かべて、その勢いのままアガサの方へ突撃してきた。

「アガサ!悪かったね待たせて!」

「れ、レグサ!」

「先日の礼を含めて今度おごるよ!それより、さっさと乗るよ!」

「え、ちょ、きゃあっ!」

待ち合わせ人、否、レグサに体当たりをされる形で列車の中に放り込まれる。その反動で尻を強かに打ち付けた。

相手も、顔面を殴打するような格好で中に転がり込んだが、その内、げらげら!と、何が面白いのか床に転がったまま爆笑を始めた。

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