がちゃん!と、受話器を本体に投げつけて切り、アゲリハが乱暴な動作で振り返った。セイゴを見つけると、ひとこと。
「サノトが誘拐されたらしい」
「……………………ええ!?」
いきなりの台詞に、遅れて声が出た。
誘拐!?え、サノトが!?なんで!?ていうか、アゲリハ様が誘拐って言うと、お前が言うな!っていう気がしてならないような。
いやいやいや、それどころじゃないし!なに混乱してるんだ自分!
「…サノトに目をつけるとは、とんだ輩もいたものだな」
「何のんびりした事言ってんですか!こんなときに―――」
「のんびり?」
突然、顔の横に一閃が通り過ぎた。轟音を立てる背後の壁に、ひ、と、息を呑む。
アゲリハが何時の間にか持ち出した真っ黒な固まりの直線先、セイゴの背後で深い穴がひとつ、真新しい有様で出来上がっていた。
「そう見えたのなら失敬したな?」
「い、いえ」
声を絞る事で震えを誤魔化したセイゴに構わず、アゲリハは固まりをしまい込むと、もう一度電話に向かって、何処かに掛け始めた。
暫くして通話が叶うと、受話器の向こうから『どなたですか?』と、聞きなれた上司の声が、かすかに漏れて聞こえた。
「ガィラか?今すぐに私への融資を再開しろ、蝗の私用列車も貸せ」
『アゲリハ様?…あの、こんな朝早くから突然何をおっしゃっているのですか?それに、私用列車など、何にお使いになられるつもりですか』
「サノトが誘拐されたらしい、列車で追う」
『は?…ええと、あのですね、だから、突然なんの話ですか、というか、そんな私用事に融資するなど許可出来ませんよ、そちらの問題はそちらで何とかなさって下さい』
「時計塔が動きだそうとしているかもしれない、と言ってもか?」
『なんですって?何故貴方がそれを』
「サノトを誘拐したのは、アスタの投資家らしい」
『………なんだって』
「異邦人の知識と見聞きが、こちらに適用された場合の利益を見出したんだろう、サノトに目をつけるとは、余程頭の狂った投資家が居るようだな、アスタは」
『だからといって、一個人の救出に融資と、ましてや私用列車など』
「そうだな、言わせてもらえば、私が見たサノトの世界、あの光景がトーイガノーツに塗り替えられた時、経済の揺れ幅は唯の上昇では済まされんだろう、それでも行くなと言うか?」
『…………』
「ガィラ、お前は頭の良い子だ、事の大きさが分かるだろう?」
『………私の方で処理します、貴方はそこに居てください』
「構うな、自分で行く」
『貴方が行くと嫌な予感しかしないんですよ!いいから貴方はそこで待って』
がちゃん!と再び電話を投げ捨て、アゲリハが靴を鳴らして踵を返す。
「サノト!今行くぞ!」
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