「そうですね、普通で居る事が一番難しいんですよ」

彼にも、自分にも、もしかしたら上司にも。何事にも言えた事だが、それが一番難しいと思うのだ。

それに気付くとは、彼は大変良い変化を迎えているらしい。

良い事だけれど、…どうしても複雑に思うのは、どうしたって、環境が原因するからだろう。

「私、えらいだろう?」

「…ええ、今までで一番えらいと思います」

素直に褒めている最中、―――じりじりと、外から呼び鈴の音がした。

アゲリハも、セイゴもはっ!として振り返り、アゲリハはそのまま勢い良く立ち上がって扉に向かった。

多分、部屋の主が戻ってきたのだろう。時間的に朝帰りなので全く何処へ行っていたのやら。

アゲリハが、はやく会いたい一心を隠さず、「サノト!」と、セイゴの時と同じ掛け声で扉を開ける。

が、その向こうに居た人が、また予想していた人とは違い、セイゴもつい「あれ?」と声を上げてしまった。

アゲリハの不機嫌を真に受けて、肩を震わせているのはアパートの管理人だった。

はく、はく、と口を戦慄かせた後、なんとか声を振り絞って「お電話です!」と叫び、逃げ去って行く。

…そういえば、部屋の主だったら呼び鈴を鳴らす訳がないと、さっき自分で言ったのを思い出した。まんまと、自分も勘違いをしてしまった訳だ。

暫くその場で不機嫌を背負っていたアゲリハだったが、その内、苛立ちを込めた足で部屋を後にした。

なんとなく、その背にセイゴもついていく。

「そんなに苛々しないでくださいよ、電話、サノトかもしれないじゃないですか」

「…は!そうか!セイゴ、頭が良いな!」

「でしょでしょ?多分帰りが遅くなったっていう電話でもしてきてくれてるんですよ、折角だから外まで迎えに行きましょうよ、なんなら、僕もついていきますよ?」

「いらん、私ひとりで行く」

「良いじゃないですかー、僕もいま、暫く会ってないからなんとなーくサノトに会いたいですし、いっそ、みんなでごはん、外で食べます?アゲリハ様いま、お金無いでしょう?奢りましょうか?」

「金だけ置いていけ」

「ひどいな!ていうかサノト、朝帰りするとかなんの用事だったんですかね」

「知らん、今から聞く」

「そういえば昨日、店がどうのこうのって言ってたけど、大丈夫だったかなー」

適当に会話をしている内に一階の電話に辿り着いた。

受話器の伏せられた電話をらんらんと掴んだアゲリハが、三度目の「サノト!」を叫び。

『彼氏さんか!!俺だ、ツララギ!!』

三度目の不機嫌を醸し出した。どうやらまた充てが外れたらしい。笑える。

「…なんだ間男、私は今サノトを待っているのに忙し」

『サノトが誘拐されたんだ!』

突然、アゲリハの肩がびくりと戦慄き、受話器を握りしめる手の皺が増えた。

なんだ?なんの話をしているんだ?

『くっそやられた!いつ盛りやがったんだアイツ!!店の店員に吐かせたから後は追えたんだけど…!』

「今何処だ!」

『三番街の駅に停まってる、アスタの私用列車の傍だよ!』

「アスタ?…………まさか、」

『なんでサノト、こんなのに連れて行かれてんの!?何が起きてんの!?あああ発車するし!どうしよう!』

「乗れ!!」

『ええ!?』

「ツララギ!今から言う番号を覚えろ!」

「…ちょ!!アゲリハ様何の話してるのさっきから!!ていうかそれ言っちゃ駄目なやつ!あぁあ…遅かったか、どやされるなぁこれ!」

「良いか!サノトを見つけ次第直ぐに連絡を寄越せ!」

『ちょ!彼氏さ』

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