朝、起きてから洗面台に立ち、明るい色の小さな鞄から洗顔と化粧品を幾つか取り出す。
目を大きく開いたり、唇を押し出したりしながら、今日も自分の可愛さに磨きをかけ、最後に全部を鞄にしまい込む。
瞬きをしながら、自分の姿をじっくりと眺めて、うん、可愛い、と自画自賛。
それから、ははは、相変わらずきもいな。と、笑いながら卑下する。
女でもあるまいしな。起きて直ぐに身支度(しかも化粧も)など気持ち悪いったらない。
けどしょうがないね、これも仕事みたいなものだから。
内外共に朝の支度を終えた後、セイゴは隣の部屋に向かった。
じりじり、こんこん、呼び鈴や扉を叩き、何時もならば直ぐに出てくる部屋の主を呼びつけてみると、途端、中からばたん!どたん!とけたたましい音が響いて来た。
やがて。部屋の主が挨拶もなく「サノト!」と、嬉しそうな声を上げて扉を開く。
「どうもー、アゲリハ様、サノトじゃないですよー」
「……セイゴか」
「セイゴですよー、サノトだったら呼び鈴鳴らすわけないじゃないですか」
扉の外に立っていたのが希望の人でないと分かるや否や、あからさまに顔を顰めて部屋の中へと戻って行った。その背について、勝手にセイゴも中に入っていく。
中は、此処数日の内に随分散らかり始めていた。家事の出来る人間がいかに大事かというのを身に染みる有様に変貌しつつある。
彼と恋人がまた喧嘩をくりだし、一方が、とうとう出かけたまま帰らなくなってしまって現在に至る訳だが、さて、今はどんな状況にあるのやら。
そういえば、昨日だったか一昨日だったか、アゲリハ様も出かけていたな。
多分迎えに行ったのだろうけれど、相方が此処に居ないという事は、連れ戻せなかったのかな?
とりあえず、膝を抱えて椅子に蹲っている相手にちらりと視線を寄越す。美丈夫がやると大変笑える光景だ。
「アゲリハ様、迎えに行ったんですよね?サノトとお話出来ました?」
「できた、なかなおりした」
おお、なんだ、進展してるじゃないか。奇天烈なりに頑張ったわけだ。
「けど、サノト、帰る前にどこかに行ってくるって、それで、私も付いていきたかったけど、サノトに、部屋で待ってろって言われたから、お留守番してるんだ」
「へぇ?よく留守番する気になりましたね」
「サノトに、お前もうちょっと普通でいろって言われた、よく分からなかったけど、こうやってお留守番するのが普通らしいから、とりあえず実行してる」
「ぶっは!!」
サノト、そんな事言ったの!?これに普通でいろって言ったの!?まじで面白いなアイツ!!
げらげら爆笑するセイゴに目もくれず、相変わらずアゲリハはいじいじと椅子の上に座っていたが、その内、ふと顔を上げた。その目は若干の湿り気を帯びている。
「…なあセイゴ、サノトの言う普通とは難しいな」
その一言で、セイゴはぴたりと自分の笑いを抑えた。
ううんと、軽く唸ってから、何故か、ほろりと笑みが滲む。
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