「…あ、そうだ、俺これから出かける用事があるんだよ、一回帰るのも面倒だし、このままちょっと行ってくる」

アパートに帰る途中、例の用事を思い出して踵を返そうとすると、途端腕を掴んでサノトの足を止めたアゲリハが、機嫌を下げて「何処へ行く」と低い声を出した。

「こんな時間から何の用事だ」

「えーと、ちょっと店のことで」

例の投資家と食事に行くんだ。というのは、またお互い大波乱(そもそも、思い返すと喧嘩の発端だったような気もする)を起こしそうで言い難かった。

今回のような事が立て続けに起こるのは流石に、疲れすぎて嫌気がする。

食事も、サノトなりに必要な選択だったわけだし、これくらい隠すのは見逃して欲しい。

当然、納得していない様子のアゲリハが「なんの店のことだ、私も行くぞ」と抗議を上げたが。

「おい、人の用事は人それぞれだ、これは待ってるのが普通だぞ」

折角なので先ほどの話を絡めてみると、驚く程の早さでアゲリハがぎくりと固まり、その口を閉ざした。

おお、凄い、想像以上の効果を発揮している。今度から頻繁に使おう。

「………」

「そんな顔すんなって、終わったら直ぐに帰ってくるから」

物凄く複雑そうな様子で唇を噛むアゲリハの頭を、緩和の為、背伸びしてよしよし撫でてやると、一層複雑そうな顔になった。

数秒後、大変しぶしぶといった風に、アゲリハが「いってらっしゃい」と声を絞り出す。良くできたじゃないか、えらいえらい。

何度も振り返り、サノトに手を振りながらバスに乗るアゲリハに付き合い、見えなくなるまでこちらも手を振ってやった。

それから、やれやれと踵を返す。もう良い時間だから、とっとと行ってとっとと済ませてしまわねば。

「………あ、いけね」

漸く、店に向かう段階に入った途端、サノトは肝心な事に気付いて眉を顰めた。

そういえば、あの店はツララギに連れていって貰ったので、正確な場所を把握していない。住所も所在もいまいちだ。

立ち止まって暫く考え込んだ後、ツララギの店の方に足を戻した。

先ほど荷物を纏めて挨拶をしたばかりに戻るのはっちょっと気がひけるが、致し方ない。

小走りで足を進めて数分後、辿り着いたツララギの店の扉を、中に聞こえる力でどんどんと叩く。

すると、ツララギが不振そうな顔で扉に隙間を作り、サノトを認識した瞬間、目と扉を大きく開いた。

「あれ?サノト?どうしたの、忘れ物?」

「いや、ごめん違うんだ、あのさ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」

「うん?何?」

「この前連れて行ってくれた店、どの辺にあるのか教えてくれないかな?出来れば住所を…」

「…え?なんで?今からいくの?」

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