投げやりな足取りでツララギの店先まで歩み寄り、その足で、蹲っているアゲリハを横から蹴り当てた。
不意打ちに「いたい!」と、顔を上げて叫んだアゲリハだったが。
「…この蹴り方!サノト!」
「おいなんだその判断力、こえーよ」
不意打ちを返され一歩ひいたが、こちらに気付いたアゲリハにすかさず抱き着かれ退路を阻まれた。
早速「うわぁあん!」と、耳元が喧しくなる。ぎゅうぎゅうと押し付けられる巨体に潰されそうだ。
「さのとぉ、さのとぉ…っ」
「おい、反省したかよ」
情けない声に、努めて冷静な声で一喝する。それを聞いた途端、アゲリハが耳元から、す、と顔を起こして、きょとんと、眉と首を傾げた。
「…反省するもなにも、なにに怒られてたのか、ずっと分からなかった」
………。
「はー…」
呆れ過ぎて言葉が出てこなかった。
これ、ほんとに戻って大丈夫なんだろうか。主に俺の琴線的な意味で。
そうはいっても、もう戻る選択をしてしまっているので、どうしようも無いわけなのだが。
「…お前が普通じゃないのは知ってるけど、頼むから、なるべく普通である事の努力はしてくれ」
「うーん、がんばる?」
「おー、がんばれ、…一緒に居る時くらいは、手伝ってやらんこともないから」
「うーん、ありがとう?」
…何で全部疑問形なんだ。こいつほんとに分かってねぇな。
よし、ならば切り口を変えよう。
「俺はお前よりも、もっと普通の奴が物凄くタイプだ」
「なんだと!?どんなのだ教えてくれ!お前の好みになれるよう頑張るから!!」
「…とりあえず、俺の言動に対して逐一、気を付けてくれ」
「うん?分かった!」
まだ分かって無さそうだけど…まぁいいか。躾はちょっとずつやれば習慣になるって、此処最近知ったしな。
不本意ながらも一緒に暮らしているんだし、お互い無理のない範囲でやろう。
無理になっても、逃げられる場所は出来たしね。
「…まったく、お前は気を付ける事が多すぎだろ、前の恋人の時はどうしてたんだよ」
何気なく呟いたサノトの文句にアゲリハが目を瞬かせた。それから、美麗な顔に苦笑を混ぜて、複雑そうな雰囲気を見せる。
「いない」
「あ?」
「前の恋人なんていないぞ、こんな気持ちになったのはお前が初めてなんだ」
不意に手を引かれ、目前にまで顔が迫ってくる。
咄嗟に目を瞑ると、瞼の上で、ちゅ、と軽い音が鳴った。
気配が少し遠のき、瞼を開くと、至極、幸せそうにとろけるアゲリハの笑顔が見えた。
その笑顔のまま、するりと首筋に何かが触れる。きゅ、と、縛り付けられたのは、サノトが放り投げた黒いリボンだった。
「こんな気持ちになると、なにもかも、どうしようもなくなるものなんだな、サノト、責任を取って私を助けてくれ」
「…言う前に行動してんじゃねぇかよ」
「ふふ」
何だか、今更ながら、こいつは本当に俺の事が好きなんだなと、しみじみ思った。
…まぁ別に、好かれる事自体は何も悪い事では無いか。
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