ええと、今、何が起こってるんだろう。

年期の入った椅子に座り、足をつけ、俯いたままサノトは一人考え込んでいた。

隣には同じような格好をしたオギが、雰囲気をハラハラとさせている。

頭上では、レグサと、初めて会った――本店の店主という男が、お互い捲し立てるように喋っている。

レグサが、本店の人間と話がしたいと言ってから、事は驚くほど早く進んでいった。

まずはオギが慌てて何処かに電話をして、直ぐにバスに乗って駅に向かう事になり、その際、レグサに何故か「サノト君もきて」と連れられ、何時間も経たない内に、こうしてオギの店の本店とやらに辿り着いてしまった。

ハラハラしているくらいなので、オギは今何が起きているのか詳細に分かっているのだろう。

しかし、サノトには、何が起こっているのか未だにさっぱりだ。

こうして椅子に座って、頭上の会話を場違いに聞いている事しか出来ない。

横に太った本店の男が、突然机を叩いて椅子から立ち上がった。

びくり!と、オギと自分が震えあがる中、男の対面に座っていたレグサだけが、その音をひょうひょうと受け止める。

「――そ、その話は本当ですか、ウチの負債を、全部!貴方の出資でまかなうというのは!?」

「ええ、お言葉通りです、アナタの店の負債を僕の方で全額、請け負いましょう、なんでしたら業績回復の為の分もお貸しします、利子も必要ありません、毎月少しずつ、必要な分だけお返し頂ければ結構ですよ」

「…なぜだ、貴方がアスタの投資家とはいえ、何故、そんな話を急にウチに」

「た、だ、し?条件がふたつあります」

額に汗をかき始めた男の声を遮り、今度はレグサが机を叩いた。

その顔が、愉快に歪んで、すっと、サノトの方を向く。

「ひとつは、そこの彼とお食事をする権利を頂きます」

「―――え?俺?」

話を蚊帳の外で聞いていたサノトは、急に自分が話に加えられた事に動揺した。

全員の視線がサノトに集中する。物凄く居たたまれなくなった。

レグサの提案に茫然としていた本店の男が、その内はっと目を瞬かせ、ごほん!と咳払いをする。

「ウチへの出資がそこの支店の店員との食事が条件などと…こんな時に、ご冗談が過ぎま」

「いや、それがさー」

畏まっていた口調を急に砕いて、レグサは固まっているサノトの元へと近付いて来た。

身体を半分に折って、ぐいと、顔を近づけてくる。

「僕、ちょっと前から彼に一目惚れしちゃって!けど、彼、シャイだから、理由が無いと食事に誘われてくれないらしいんだよねー?だ、か、ら、体の良い理由になってくれないかな?お金なら言い値を出してあげるからさぁ」

「ねぇ?」と、またサノトに顔を近づけて、レグサが首を斜めに傾ける。

「という訳で、サノト君、僕と一緒に食事をしてくれないかな?」

「は、はぁ、あの、それ以前に、…俺、よく状況を理解していないんですけど」

「え?別に大したことじゃないよ?ただ、サノト君が今、うんと頷いてくれたら、僕がお金をたくさん出して君のお店を助けてあげる、ほら、僕、お金持ちだから」

「……そんなこと、本当に出来るんですか?」

「出来るよ」

「………」

数秒黙り込んだ後、こくり、とサノトは頷いた。

よく分からないけど、彼と食事をする位で店が潰れないって言うなら…。

…いや、頷いたはいいけど、これ、ほんとに店が潰れなくなるの?なんかやけにあっけらかんとしてるけど?

「やりぃっ!!じゃ、早速今夜ね!約束だよ!?」

「はぁ…」

疑問を飛ばしているサノトからレグサが離れ、代わりに、隣に座っていたオギが、わぁ!と抱き着いてきた。

何時にないオギの反応に、滅茶苦茶びっくりする。

「サノト君!やった!お店が潰れなくなりました…!あ、ありがとうございます!レグサさんも!」

「いいえー、僕は彼と食事がしたいだけなので」

俺こそ、特になにもしてなくてすみません。

ていうか、オギのこの喜びよう…、ほんとに店が潰れなくなったんだ。

実感を遅めにだが理解した瞬間、ふわっと、喜びと安堵が湧き上がってくる。

未だサノトに抱き着いて、感動に近い喜び方をしているオギの腕を、そっと掴んだ。

なんだかよくわからないんだけど。

………けど、良かった。

「サノトくん?」

オギの腕を掴みながら、喜びをじっと噛みしめていたサノトに、レグサが不意に尋ねかける。

ふと目を上げると、楽しそうな顔と目が合った。

「時間が惜しいから、食事をする店はこの前会った、あそこで良いかな?」

「ああ、えっと、お任せします」

「ありがとー!じゃ、おみせで先に待ってるね!」

レグサはそう言って、サノトにひらりと手をふると靴を鳴らして去って行った。

その後を、暫く黙ってやり取りを傍観していた男が慌てた様子でついていく。

抱き着いたままだったオギが、暫くしてガバリ!と顔を上げた。若干赤くなった目と鼻をサノトに向け、じっとその顔を見つめた後、へらりと笑ってひとこと。

「帰りましょうか!」

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