始終、お通夜のような勤務時間が終わり、サノトはぼんやりとしながらレジを閉め始めた。

粗方片付いて箱の方に戻ると、中央に椅子を置いて、同じくぼんやりと、何処でも無い場所を眺めているオギの姿が目に入る。

声をかけようとして、何となく止めた。代わりに、サノトはオギの座る姿をじっと眺める。

サノトは暫くの間、前の恋人の為に苦学生的な事をしていたので、働く経験は年相応よりも積み重ねていた。

その中には、此処よりも難しい仕事や、ここよりも更に簡単な仕事もあった。

どれも、此処よりずっと長く働いて、辞めた。

この店での賃金は、感覚で言えば、特に高くも低くも無いものだったけれど。―――ここが一番楽しかったなと、不意に思った。

忙しかったけど、生活もそれなりに大変だったけれど、オギの人柄のお蔭か、仕事をしている時はずっと楽しかった。

この感覚とこれからさよならしなければならないのかと思うと、く、と、今更、目の端がいやに痺れた。

「…オギさん」

気付くとサノトは近くに置いてあったノートを手に取っていた。

以前、試食用にサノトが持ち込んだノートだ。

「オギさん、俺、これの残りの頁も書いてきますね」

「え…?」

突然、ノートを話題に乗せたサノトに、オギが小さく声を上げる。

「残りの頁も使ってレシピを考えてきます、それ、本店に戻る時、何かの役に立てばいいなって思って、…すみません、今、勝手に思いついただけなんですけど」

「………」

「め、迷惑かな…、でも、俺、なんか、なんかしたくて…、な、なに言ってんのかな、わけわかんないですよね、ホント、すみません」

思いつきを今更恥じて、段々と上ずっていく声を情けなく思う。

しかし、オギは目の焦点を戻し、サノトの言葉を真剣に聞き入ってくれた。

「…オレ、此処の仕事すっごく楽しかったから、だから、俺、最後になる前までに、なにか…」

「サノト君」

突然椅子から立ち上がったオギが、サノトに近づき、そっとサノトの手とノートを両手で握った。

その手が小刻みに震えている事に気付く。

「…ありがとう、僕のことばかり考えてくれて」

「…オギさん」

「…僕は、最低だ、君に不甲斐ないと謝っておきながら、内心じゃ、自分のことばかり考えてた、自分のこれからの事ばかり考えてた、僕は今、そのことが、なによりも悲しい…っ」

自分よりも背の高いオギが、手を握ったまま深々と頭を下げる。その下、サノトの手に、また水滴がぽたりと落ちる。

「…今、こんな事を話すのもアレなんですけど、サノト君が、この店の最後の店員さんで良かった、ほんとうによかった…っ」

「オギさ…っ」

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