翌朝、眠気の籠った目を擦り、洗面台を借りて歯を磨いていた時、ちょいちょいとツララギに手招きされた。

変なタイミングで呼ばれたので、首を傾げていたが。

「………おうふ」

呼ばれて近づき、ツララギが指した方向を見た途端、変な声が出た。

少しだけ開いた扉の隙間の向こうに、アゲリハが蹲ったまま固まっていたのだ。

時折、身体がぐらぐらと揺れている。恐らく、あの形のまま寝入ってしまったのだろう。こちらが起床した事は気づいていない様子だ。

ツララギがそっと扉を閉めて「どうする?」そのあと直ぐ「許してあげたら?」と尋ねてきた。

「…お前、昨日から随分アゲリハ贔屓だな」

「いやいや、泊めてる時点でサノト贔屓だからね?」

けど、アレは流石に可哀想に見えてきた。と、アゲリハが固まっている向こう側をツララギが親指で指す。

…確かに哀愁漂う格好ではあったが、だからと言って、それを見て許せと言われても…。…うーん。

でも、アレを放置したままっていうのは、気が引けると言えばひけるような気がする。

いやだって、まさか一晩そこに居るとは思わなかったし。アイツなら、一度決めたらやり通しそうだけど。

でも、別にその行為自体が今回の問題解決に繋がる訳じゃないし。…。

「…なんか、よく分からなくなってきた」

「まー、喧嘩なんて最終的にそんなもんだよ」

そんなもんかぁ、と、呟くサノトの肩をツララギがパンパンと叩く。

そこには、まぁそろそろ、みたいな、お開き感が満載されていた。

…うーん、それで本当にいいのだろうか。

「まだ腑に落ちないなら、とりあえず仕事に行っておいでよ、彼氏さんはこっちでなんとかしておくから」

「…おー、有難う」

とりあえずの猶予を有難く受け取ってから、サノトは朝の支度を始めた。

扉、では無く昨日出入りした窓にそっと足をかけ、一度振り返って、手振りだけでいってきますをツララギに伝える。

飛び降りて着地した際、窓に、飛び降りた自分の姿がきらりと映った。

ソレをなんとなく眺めていると、不意に…アホらしい光景だなぁと、我が事ながら思ってしまった。





何時ものバスを使い店に到着するや否や、サノトは辺りの雰囲気に違和感を覚えた。

何時もならば開いている箱の窓が閉まったままだ。看板も、未だ伏せられている。

今頃なら、忙しなく開店の準備を始めているオギの姿も見当たらない。どうしたのだろうか。オギに限って寝坊や遅刻は考えにくいし…。

念のため、箱の入り口に手をかけると、ガチャリと、扉はいとも簡単に開閉した。

鍵はオギしか持っていないし、戸締りも彼が行っている。つまり、オギは既に、中に居るという事だ。

「オギさん…?」

アカリの消えた箱の中、しんと静まり返った雰囲気に呑まれ、小さな声で名前を呼ぶが何の返事も返ってこない。

もう一歩、二歩、中に足を踏み入れて、奥を眺めた時、―――それまで恐る恐る動いていた足が思い切り床を蹴った。

同時に「オギさん!!」と、中に居る人の名を叫ぶ。

オギは矢張り中にいた。が、箱の奥、置かれた椅子にぐったりともたれかかっていたのだ。明らかに様子がおかしい。

具合が悪いのか、もしや椅子に倒れ込んだまま意識を失っているのではないかと、慌てて駆け寄りその肩を掴むと、意識は保っていたらしいオギが、ゆっくりと顔を上げてサノトの顔を見上げた。その目はひどく胡乱げだ。

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