「アガサ、仕事帰り?」

「そうよ、三件くらい潰してきたわ、もー、肥えた爺がアタシの足にまとわりつくから気持ち悪くて叫んじゃったわ!その時によれたのね、まったくもー」

「そんなつまらないやり方やめてぱーっと稼げばいいのに、たのしいよー?」

「いやーよ、アタシはアスタでいたいけど、大きなリスクなんて取らないわ」

「ははっ、アスタがなんだ、保身を図れば高い時計を買えるけど、時計の時間は買えないよぉ?」

「いいのよ、ちゃんと対価はあるんだから、アタシだって投資家よ、何も考えてない訳ないじゃない、それよりレグサ、アナタなんでさっき爆笑してたの?」

だるそうにソファにもたれ、化粧直しを眺めていたレグサが、理由を聞かれた途端半身を起こし「よくぞ聞いてくれたね!」と楽しそうにお喋りを始めた。

投資家がこんな顔をする時は、大抵ロクでもない事を考えている時だと、役目の終わった鏡を机に下ろしてしみじみ思う。

「聞いて!超面白いの!僕面白い物を見つけたの!もう最高なの!」

身振り手振りを大げさに動かして嬉々として語るレグサの目は、今まで(といっても、長いような浅いようなものだが)の付き合いの中で、一等に輝いて見えた。

その目が動く度、彼の眼鏡がときおり照明を吸って光るので、不安定なそれが月の光り方のようだと思った。

「そんなにはしゃいでどうしたの?」

相手の思惑に踊らされるかのように、まんまと興味が沸いて、真剣に聞く姿勢をとった。

途端、す、と大人しくなったレグサが、こちらを覗き込むような角度で顔の位置を固定し、にっこり、あどけない笑みを見せた。

「お腹が空いてた時に偶々目についたしょっぼい店で見つけたんだけどさ、もう、超タイプのぼんくらした顔の男の子が店員やってたの、ほんと、顔が普通過ぎて可愛いの!」

「…まぁ?そんなに可愛いの?アタシも行ってみようかしら、どこ?」

彼とは時折男の趣味が合うので、期待を込めて場所と所在を強請ってみたが「僕が目をつけたんだから駄目」とすげなく断られてしまった。ざんねん。

「んふふ、やっぱ泣かされるならガタイの良いハンサムが良いけど、泣かすならぼんやりした平面顔が良いよね?いいわー、僕と寝てくれないかなー」

「顔が好みなだけで、そんなにはしゃいでるなんて珍しいわね」

てっきり運命の出会いに感謝の笑い(大げさすぎるが)を迸らせていたのかと、無理矢理な理由を思い浮かべてみたが、当の本人にあっさりと「ああ、違うよ」と否定された。

柔らかな弧を描いていた口元に、そっと人差し指をあて、にぃ、と、口角を歪めてみせる。

「顔も最高なんだけど、本題はこっち」

一旦話を切ってから、レグサが振り返って店の奥に居る人間を呼びつけた。

何事かを話し合ってから、店の人間が奥に戻り、今度は何かを持ってこちらに向かって来る。

店の人間が、なんの説明も脈絡もなく「どうぞ」と、レグサと自分の前にソレを置いた。

置かれたのは店の飲食品目の一つでもある、一般的な麺の炒め物と、スープだった。

「なによこれ」と、訳の分からなさに訝し気な声を上げる。その目の前で、突然、レグサが麺をスープの中に放り込んだ。

あまりの衝撃に開いた口が塞がらなくなる。

「ちょ、な?レグサ、なにをやってるのアナタ?うちの店の料理をいきなり残飯にしないでちょうだい、いやがらせ?」

「ちがうよ、これ、こういう料理の提案をしているんだ、君の舌は、この店を経営するだけあって信頼があるからね、ちょっとこれ、食べてみてよ」

―――料理の提案?これが?

見たことの無い光景に慄いたが、有無を言わせない雰囲気に押され仕方なく一口、ソレを口にしてみる。

麺を水分につけるなど、どれだけ突拍子の無い味がするのかと思いきや…もぐもぐ、4回くらい噛んだ所で「あら?」と、自分でも吃驚するくらい頓狂な声が出た。

「あらま、驚いた、結構美味しい」

「ねー!」

レグサが、自分の分を頬張り楽しそうに頷いて見せる。

「アガサ、これの凄さが分かるかい?」

「うーん、奇抜さと、逆に、この見た目の割りに奇抜の無い味である事は分かるけど、アナタの事だからこの答えは間違えてるのよね?」

「間違えてるって分かっただけ、君は大変優秀だ」

あらまぁ。褒められてるんだかけなされてるんだか。

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