夜の三番街を振り切って、別に借りているらしい倉庫に向かい自動二輪を仕舞うと、バスで一本走ってから店に戻る、が。
ツララギが突然足を止め、もう少しで辿り着く店の暗がりに指を差して「あれ」と声を上げた。
「ねぇサノト、あれ、彼氏さんじゃない?」
「………」
まさかと思い目を凝らすと、そのまさかが、膝を丸めて店の前に座り込んでいた。
なにやら、ぐす、ぐす、と、嗚咽みたいなものが聞こえてくる。
「さのと、帰ってきてぇ…」
泣くのに必死なのか、その本人が近くに居る事に気付いていない様子だ。
このまま見つかると泣き落としも使って帰還させられそうだな。それでまた、翌日喧嘩に発展するのがセットな気がする。
なんだそれめんどくせぇな。
「……帰ってあげる?」
「もうちょっと貯めておく」
「ちょ、言い方笑える!」
「これでお互い様だろ」
とりあえず、あれは放置して店の窓から出入りをする事にする。
別にツララギは正面から入ってくれれば良かったのだが、何故か彼も、サノトの後ろで、楽しそうに窓に足をつけて入っていった。
肩の凝る仕事を終え、知人が待機している出資店に向かうと、扉を開けた所で違和感に気付いた。
何時もならば自分の顔を見るなり飛んでくる店主も、売り子も皆茫然と何かに気を取られていたからだ。
全員が何に気を持って行かれているかは直ぐに分かった。その原因が、尋常では無い音量でソファの上を笑い転げまくっていたからだ。
普段ならば満席とは言わずとも、そこそこ賑わう店内の、何処を見渡せど客が見当たらない。
恐らく、あそこで馬鹿笑いをしている男――己の知人の異常行動を見て逃げ帰ってしまったのだろう。
はぁ、と溜息をついて、店の真ん中を高い踵で突っ切っていく。
途中、やっと我に返った店の人間が「オーナー!」と情けの無い声を上げた。
「ちょっとレグサ!何やってんのよ人の店で!営業妨害しないでちょうだい!」
未だに顔を椅子にこすりつけて笑う男の服を、ぐいとひっぱり顔を上げさせる。
十人歩けば十人が振り返る中性的で美麗な顔立ちが、涙と鼻水で崩れている様は見るに堪えない物があった。
知人はこちらの出現にようやく気付くと、笑いを引いて「ごめんごめん」と謝り、何処からか取り出したハンカチで盛大に鼻をかんで、捨てた。
十年の恋も一瞬で冷めそうな所業だ。
「あのねぇレグサ、アナタ顔と頭だけは良いんだからもうちょっとしゃんとなさいな」
「それだけ良ければ充分でしょ」
「そういう問題じゃないわよ、それに何?またアスタの制服着てないの?もー、着てるときはあんなにキまってるのに、どーしていつもはだらしがないの?」
「メリハリがあっていいでしょう?」
「がっかりするぐらいよ…」
「うるさいオカマだな、見た目と喋り方が合ってないよ?」
「それは関係ないでしょう!まったくもう」
これで、いざという時は目敏く使い分けてくるのだから鼻持ちならない。
個人的な美観に沿い、普段からの身だしなみがいかに大事かをとくと説教しようとして。
「アガサ、化粧よれてる」
「あらやだ!ほんと!?」
自分の方を指摘されてしまい、慌てて手鏡を取り出しよれを見直した。
手鏡で顔を確認すると、確かに、目の下のファンデーションがよれていた。やだ、お化粧しなおさなくちゃ。
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