丁度二人の席に戻ってきていたモガリナが、声を上げた客に目を白黒させ「レグサさん!?」と、驚いている。
その声を聴いて、確信が実体へと昇華した。
カツカツ、靴音を立て、例の人がサノトの目の前まで移動してくる。足を器用に組みながら、空いていた隣に座り込んだ。
ツララギとモガリナが、事の展開に茫然と目を開く中、サノトだけが、片手の平で顔を伏せ、微動だにしなくなった。
「こんな所でどうしたのサノト君!おうち、この辺りなの?」
「いえ、違います」
「そうなんだー、今度住所教えてね!」
「……気が向いたら」
多分、一生向かないだろうけど。
「でもでも、この店知ってるなんて、見た目の割りに趣味が良いね!ますます好きになっちゃったよー!」
あれ?俺、今褒められたの?けなされたの?
「…あの、すみませーん、勝手に同席はちょっと、ご遠慮ねがえます?」
サノトとレグサが一方通行のやりとりをしている間、我に返ったらしいツララギが、片手を中途半端に上げながら話に割って入ってきた。
その手を、長い睫を携えた目が勢い良く睨み付ける。
「あ?うるせぇな人が口説いてる最中に、同席料なら言い値で払ってやるから黙ってろ」
「…サノト、この人が例の投資家だろ」
サノトに向かって小声を出したツララギに「ヨクワカッタネー」と、サノトもなるべく小声で答える。
ツララギが、はは、と乾いた笑いを零し「投資家はすぐに金の話をするからな…」とぼやいた。
「…あー、じゃ、一緒に飲みます?」
気を取り直したツララギが、レグサの分の飲み物を注文しようとモガリナに目配せしたが、その気配りを、されている本人が途中で「ああ、ごめん」と遮った。
「僕、お酒飲めないからアルコールの無い奴ね、あとご飯!お腹すいちゃってさー、大盛りでね!あ、ついでに全員分持ってきてよ、僕が払うから」
洒落た店で洒落た男が、まるで定食屋に来たような台詞を口にするので、場が凍りつくような心地だ。
モガリナが注文を受け、席を外そうとした途中、そっと、ツララギが「後はいいよ」とモガリナに言った。
苦笑して頷いたモガリナが背を向けて去っていく。
ツララギが、その背にひらりと手を振ってから「こんな調子で女と楽しく酒が飲めるか」と、呆れた口調で呟いたのを聞き逃さなかった。
モガリナが退席した後、ほどなくして料理が運ばれてきた。次々と机に置かれていく料理を細目で眺めながら、やたらと来るなと汗をかく。
3人分なのは知っているが、それにしては物が多すぎやしないだろうか。
運ばれてくる足並みがぱたりとなくなると、レグサはさっさと食器を持ち、らんらんとしたまなざしで食事に手を付け始めた。
「おいしい!僕、個人的に此処の料理が好きでさー!飲み屋にしておくのもったいないよね」
相変わらず、細身の割りに平然と、大量の料理を消費していく男だ。
それを横目で見ていたツララギが「まぁ、そうだね」と、何気なく同意しているのが聞こえた。
食べて食べてとつつかれるので、ツララギと顔を見合わせた後、ぺこりと一礼してから目の前の食事に手をつけた。
まず、黒い何かと混ぜてある麺をすくって食べる。あ、本当に美味しい。
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