もう一度頭をかいてから、ツララギが指を上げ、一番左端にある黒色の瓶を指した。
先ほどからこちらの様子を片耳で聞いていた男に「これ、ちょうだい」と指名する。
初老の男が「流石ですね」とツララギの行動を讃えた。同時に、彼女が「うれしいっ」とはしゃいだ声を上げ、ツララギの片腕にしがみつく。
「冗談のつもりだったんだけど、此処でさっと入れてくれるのがツララギさんよね?かっこいい!」
「だろー?俺かっこいいよねー?」
「うんうん!そんな所が、すごーく好き!」
彼女がぴと、と、自分の胸元を賛辞と共にツララギに押し付けた途端、ツララギの鼻の舌が2センチ程たるんだのが見えた。
「ところでツララギさん、隣の彼は?」
人生初めての酒をちびちびと舐めながら、二人のやりとりを見ていたサノトにスポットが当たり、瞬時に身体が跳ねた。
ゆっくりと彼女に目を向けるサノトの肩を、ツララギを身を乗り出し、バンバン!と叩く。
「こいつね、サノトって言うんだ、俺の友達なの」
次に肩を掴まれ、ねー?と同意を求められる。何も間違ってないので、こくりと頷いた。
その様子を伺っていた彼女が、ふわりとサノトに微笑んだ。
「初めましてサノトさん、私モガリナっていうの」
「はじめまして」
挨拶を返すと彼女の微笑み方に色が増した。
不意に手を伸ばされ、サノト、ではなく、サノトが飲んでいた飲み物の縁を、手入れの行き届いた指先でなぞられる。
その横から、初老の男が「ツララギ君からです」と言ってひとつ、グラスを彼女の傍に置いた。中にはアイス珈琲のような液体が入っている。
ありがとう。と言って、サノトの飲み物から手を退けた彼女がそれを手に取った。
同じく、サノトにもひとつ、ツララギにもひとつずつグラスが目の前に置かれる。
先の手を飲み切ってしまったらしいツララギは、それに直ぐ口をつけたが、サノトはまだ自分の分が終わっていなかったので、後で飲む用にとりあえずそれを脇に避けた。
「ツララギさんのおトモダチならお仕事はやっぱり雑貨屋さんなの?」
「や、違います」
初対面特有の気恥ずかしさを伴いながら話し返すと、唐突にモガリナが「やだ!」と可笑しそうな声を上げた。
「私にはもっとくだけて話して?」と促され、少し顔が赤くなる。
「…違うよ、雑貨屋とかじゃなくて、えーと、今はパンを…」
自分の浅すぎる経歴をぼそぼそと語っている途中、突然「こんばんわー!」と入口の方から大きな声が割り入ってきた。
接客中の大声に、少し怪訝そうな雰囲気を見せたモガリナだったが、声の相手を見つけるな否や一転。
「…あ!ご無沙汰しております!」
明るい声を上げて席を立った。
怪訝の移ったツララギに慌てて振り返り「挨拶だけしてくるから!ごめんね!」と言って、小走りで去って行った。
それを見送りながら、ふー、とツララギが息を吐く。
「太客でも来たか…間が悪かったなぁ」
「太客って?」
「店の売上に凄い貢献する客の事だよ、金払う方でも優先順位があるってこった、ま、その内帰ってくるよ」
こればっかりは仕方ないねー、と、割り切った笑顔でツララギが自分の飲み物を口にする。
サノトも同じように、脇に避けていた自分の飲み物を手元に寄せて、口にしていると、その内向こうから「それじゃあ、ごゆっくりなさってください」とへりくだるモガリナの声が聞こえた。
そろそろ戻ってくるのだろう。示し合せたようにツララギと顔を見合わせたが。
「うん、もちろーん!」
モガリナの後ろから続いた声にびくりと身体が戦慄いた。
何か、物凄く聞き覚えのある声が聞こえたような気がしたような。
まさか、いやまさかを繰り返していたが、その足音が近付いて来た頃にさっ!と頭を下げた。
まさかが万が一になっては元も子も無い。
だが、身体の何処も隠れていないサノトの隠ぺいは「あれ?」という声と共に、存在を浮き彫りにされてしまった。
「……あーーーーー!!!サノト君!?ちょ、なんでいるの!?奇遇だね!」
やべ、名前呼ばれた。完全にクロだった。
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