ツララギが椅子の後部を指さして座るように促す。言われた場所に座り込むと、前に勢い良く乗り込んだツララギが、車体を揺らしながら「いくぞ」と声を上げた。

「なあ!なんでバスでいかねーの!」 「場所が悪くてな!バスで行くと逆にめんどくさいんだよ!」

バイクが通りから狭い道に入る。

密集したトーイガノーツの街並みを、更に凝縮したような路地の並びに、慣れた筈の感覚がまた不思議な違和感を帯びた。

暫くしてバイクを止めると、ツララギは視界から向かって左側の店先に立った。

振り返ってちょいちょいと手招きしてくるので、慌ててその背に着いた。

「おまちかねですよ、っと」

ツララギが扉を開けると、何処からか濃厚な化粧の匂いが漂ってきた。明るい音楽や、喧噪も聞こえてくる。

中は、形容し難いいろんな色に溢れていた。

気おくれしそうになるサノトの腕を掴み、ツララギがさっさと中へ入っていく。

テーブル席を一つ陣取ると、近くでのんびり手を動かしていた初老の男に「飲みやすい酒ふたつ」と指を折って見せた。

「いや、俺まだ未成年で…」

「あれ?サノト、15歳越えてなかった?」

「え?15は越えてるけど…」

「じゃあ大丈夫だろ?」

「………」

そうか、飲酒の制限が違うのか。そういう事もあるのか。

…あー、だったら飲んでも、いいのか、な?

罪悪感と未知の経験に浮つく自分の目の前に、問題のソレが出された。

薄い水色の、絵の具を溶かしたような液体だった。

さっさとソレに口をつけたツララギを横目でちらちらと伺った後、結局、好奇心に負けて自分も口をつけた。

ソーダのように炭酸がきいた、しかし甘く無い、柑橘系の香る爽やかな風味。…結構好きな味だ。

「ツララギくん、久しぶりだね、今日はお連れさんが居るのかい?」

「うんうん、こいつね、サノトって言うの、よろしくね?」

挨拶を適度に流してから、さっとツララギが手を上げた。その手を見た初老の男は、得たような顔で頷き、動かしていた手を止め奥に引っ込んでいった。

何かが始まりそうな雰囲気に飲まれ、何時もより饒舌にツララギと話し込んでいると何処からか花の香りが漂ってきた。鼻腔を包みこむ柔らかさだ。

「あ、モガリナちゃーん」

「やーんツララギさん、久しぶりぃ」

モガリナと呼ばれた艶やかな女は親し気に挨拶を済ませると、ツララギの隣にさっと座りこんで片腕に指を這わせた。服の上から、指先が蠱惑的な動きを見せる。

「ねぇ、どうして暫く来てくれなかったの?私ずっと待ってたのに」

少しずつ、少しずつ下がっていく手にツララギが含み笑いを零す。二人のやりとりを、サノトはじっと黙して聞き入っていた。

「ごめんごめん、ちょっと色々あってさぁ」

「ちょっと?そんな事言ってどうせ彼女出来てそっちに夢中だったんでしょ?なぁに今日は息抜き?アタシ二番手扱いなんていやよ?」

「ちがうって、そんなんじゃないから、やだなーもう、拗ねないでよ」

本格的に拗ねてしまった彼女に「違うって」や、「だからさ」と何回も取り繕ったあと、「しょうがねぇな」と諦めたように頭を掻いて、不意にツララギが店の側面に置かれた棚を指さした。

棚の中には5色の瓶が横一列に並べられていて、それらの間を行ったり来たり、指を彷徨わせてから、ツララギはにっこり笑って彼女に問いかけた。

「モガリナちゃんの機嫌が直る色はどれかなー?」

顔色を伺うツララギの視線にちらりと視線を返し、彼女がふふっ、と頬杖をつき笑う。

「く、ろ」

ゆったりとした発言に、ツララギの肩が少し揺れた。「うわ」と呟き目を泳がせている。

「黒かー…一番良いの来たな」

「私を放っておいたんだから当然の色よね?」

「ですよねぇ…わかったよ」

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