「ノーツで以前から売ってる珈琲なんだけど、最近こっちにも出回り始めたみたいでね、僕これが好きでさ、今日此処に来る途中で見つけて思わず買ってきちゃった、サノト君の分もあるから良かったらどうぞ?」

「あ、すみません…頂きます」

珈琲が好きなので、飲んだ事の無いラベルに現金ながらも、ふわりと気分が上がった。

有難く缶を受け取ると、まだほんのりと暖かかい。

店の缶珈琲を飲み切ると、早速それを開けて珈琲を口にする。が、中身が零れて喉元に伝ってしまう。

最近、大分飲み慣れてきたと思っていたが油断していた。当然のように汚れる服に、洗う手間を思って苛立ちを覚える。

「…これ飲みにくいですよね」

「え?うん、そう?」

「前々から思ってたんですけど、缶の飲み口って、上を全部開ける形にしなくても、もっと小さくすればいいのに、それこそ口よりも小さく、そうすれば零れないのに」

「…ああ、確かに」

「大体重すぎますよこれ、運ぶ時も大変だったし、なんで飲み物飲むのにこんなに疲れないといけないのかなぁ」

「………」

自分の不注意を缶の所為にして、ぶつぶつ文句を言っていると、不意に、レグサがぐっとこちらを覗き込んできた。

それから、何故か「具体的には?」と文句を言及される。予想外過ぎて、ぽんと苛立ちが抜けた。

「え?具体的?えーと?」

「うん、この缶は具体的にどうすれば、君の理想に叶うの?」

「理想?っていうか、えーと、えーと、もうちょっと缶を軽くして、飲み口を口より小さくして」

そういえば、此処は自販機も無いな。

今は珈琲の機械が壊れているので、閉店間際に在庫が切れちゃったりした時用に、ぽんと買えたら助かるのに。

「そうですね、あと、これを手軽に買える無人の機械とか、近くにあったら助かりますね」

「………へぇ?」

突然、レグサがへらへらした顔を真顔に整え、数秒後、口の端をにいと引き上げる。

不自然な笑い方に、びくりと肩を鳴らしたサノトの頬を、綺麗な指先がすうと撫でた。

「それは面白いな、…検討するか」

「え?」

「いやー、ほんとに楽しい店だ、僕、わっくわくしちゃうよ、というわけで、サノト君有難う、はいこれお小遣い」

「え?」

「じゃあまたねー」

サノトから手を離し、長財布から唐突に数枚の紙幣を抜くとそれを手渡してきた。

懸念していた締めのセクハラをせず、レグサはさっさと店を立ち去っていく。

「え?」

残されたサノトは、脈絡も無く手渡された紙幣数枚を手に、茫然と、食べ終えたトレイの上を眺めていた。

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