「あれ?サノト君、寝ぐせがついてますね、気付かなかった」
「え?」
仕事の途中、感覚の無い部分をひょいとオギにつままれた。それを暫くもてあそばれた後「珍しいですね」と何故か関心される。
「すみません、見苦しかったですね…」
「あ、いいえ!そうじゃなくて、サノト君何時もついてないから珍しいなぁって」
そうは言われても、寝ぐせなど寝て起きれば誰にでも発生するものだ。サノトも例外では無い。
だから特別珍しいものでも無い筈。なのだが、ふと、今は別居中の奴の顔が浮かんだ。
偶に、やたらと頭を触ってくる朝があったな。
朝食や準備で忙しいので相手にしていなかったが、そういえばしきりに「身だしなみが」どうとか言っていたような…。
…アイツ、今日の朝食大丈夫かな。昨日は何も作ってないし、冷蔵庫も、あと何が残ってたかな、そもそもアイツは料理の腕が…。
いやいやいや何考えてるの俺?そのアイツにうんざりして部屋を出たのに、何朝飯の事なんか考えてるの?馬鹿なの?
ああけど、やっぱりなんか気になるな。出掛けた時ももやっとしたけど、習慣とは本当に恐ろしいものだ。
例えると、実家に居た時、ペットに餌やり忘れたあの焦燥感に似てる。
なんて嫌な既視感だ。人に覚えるものじゃけしてないな。
「サノトくーん」
「あ…はい」
レジの前で自分の悪習にうんざりしていると、何時の間にか来ていた客に名前を呼ばれてしまった。
いかんいかん。客が捌ける時間帯だったので油断していた。
頭を振り、「すみません」と謝ってから、―――はたと、再び手が止まる。何で客が自分の名前を知ってるんだ?
それまでレジに落としていた目を上に向けると、浮かべた疑問を食べつくす、艶やかな眼差しがサノトをじっとみつめていた。
その視線からわざとらしく視線を外すも、相手に気にした様子は無かった。
それどころか、ぐっと身を乗り出して「こんにちは?」と、わざとらしい仕草を寄越される。
「こんにちは、レグサさん…」
「ねーサノト君、そろそろ休憩だったりしない?」
「え、いや、その」
「サノトくーん!休憩していいですよー!」
こっちの状況を知らないオギが、タイミング悪く休憩の呼びかけをしてくれた。
うげ、と思わず顔に出たが、レグサは気にした風もなく、むしろ「やりい」と指を鳴らした。
…どうしてこの人何時も客の少ない、しかも休憩の被る時間に来るんだろう。
「もちろん、サノト君と楽しくお喋りしたいからね!」
おい、人の顔色で心情読むな。びっくりしただろ。
まかないを貰いに行ったサノトの背後をついて歩き、自分もオギからパンを買うと、此処暫くのお決まり事のように対面に座った。
自分の分には口をつけず、さっさと食べて終わろうとするサノトをじっと見つめてくる。非常に居たたまれない。
「食べ方がエロ可愛いよサノト君、上と下にキスして良い?」
「勘弁してください……って、あれ、すみません、珈琲出し忘れました?」
目を合わせたくなくて視線を逸らしていると、レグサのトレイに、何時もは乗っている珈琲が今日は欠けている事に気が付いた。
購入する際オギが付け忘れたのだろうかと、慌てて席を立とうとしたが、「ああ」と声を上げたレグサがそれを制した。
「違うよ、今日は付けて貰わなかったんだ、これが飲みたくてね」
これ、と言って、レグサが自分の鞄から缶を二つ取り出した。
見たことの無いラベルの張られた缶を掲げて、レグサが「珈琲だよ」と説明する。
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