直ぐ近くの窓から差し込む光で目が覚める。
何時もと違う色の天井にぼんやり疑問を覚えていたが、身体を爪でかきながら頭を温めているとその内、ああ、と合点がいった。
軋む床に足をつけ、伸びをしながら一階に向かうと、足が進むたび珈琲の良い匂いがした。
ひょっこり顔を覗かせると、カウンターに座って珈琲を飲んでいるツララギの姿が目に映る。
扉が開く音に気付いたらしいツララギが、こちらに目を配ってきた。
「よおサノト、おはよー、良く寝れた?」
「うん、…昨日からごめんな」
「いいえー、朝メシお前の分も作っておいたけど食べる?」
「え?食べる!」
まさか朝食の支度までしてもらっているとは思わず、久しぶりに食べる人の手料理に心が躍った。
ツララギの隣に座ると、ツララギが向こう側から一枚の大皿を持ってきた。
皿の上には黒いパン、中には白いハムのような物が適度に挟まっている。
有難く口をつけると甘味と胡椒の効いた味わいが口中に広がった。中々絶妙な塩梅だ。
「美味いな」と言えば、ツララギが謙遜せず「自炊が長いからな」と当たり前のように答えた。
流石ツララギ、かっこいい上に面倒見も良くて飯も作れるとか、持ってる要素に隙が無さ過ぎる。
咀嚼している最中、サノトの分も珈琲を淹れてくれたツララギが「そうだ」と手を打ち、カウンターの下から紙を一枚取り出して何かをかきこみ始めた。
それが終わると、「はい」と言ってサノトにソレを差し出してくる。
「お前が泊まってる間に俺が居ない時もあるだろうからさ、不便しないように普段使いそうな物何処にあるか書いておいたよ、見てくれる?」
「ああ、ありがとう」
礼を言って受け取り、ツララギが書いたという紙の表面をもう片方の手でなぞる。
暫く奮闘したお陰か読める字が多数存在している。まだまだ読めない部分の方が多いけれど。
「文字、ちょっとは読めるようになった?」
「うん、全部は分からないけどちらほら…分からない所だけ教えてくれる?」
「もちろん!」
紙の上の事を一通り説明してから、実際にどこに何があるかも丁寧に説明してくれる。
途中、割れた窓の横を通り過ぎると、不意にツララギが苦笑した。
「しかし凄いね」
「何が?」
「彼氏さんだよ、昨日あれからほんとに帰っちゃったじゃない?あんなアクの強いの、あれだけで追い返すなんて、やっぱり愛されてんなー、いいなー」
「何が良いんだよ、短く纏めてくれ」
「うらやましい」
「もういい」
冗談めかした口調にそっぽを向くと、けらけら笑って「怒るなよ」と余計冗談っぽくつつかれた。そんな事をしている内に、りん、と時計が鳴る。
綺麗な音色を鳴らす時計を二人で見上げてから―――サノトだけ「やべ!」と声を上げてばたばたと踵を返した。
仕事の時間が差し迫っている。早く出掛けなくては。
「サノト、アパートよりこっちの方が仕事場近いから大丈夫だって」
「え?…ああそうだった、でもうっかりしてると遅れるからもう行くよ」
「分かった」
二階に駆け上がり、ツララギから借りた服に着替えると他の支度もすませて店の出入り口に向かった。
ガチャリと扉を開ける途中。
「いってらっしゃーい」
「………」
「あれ?どうしたの?忘れ物?」
「…ああいや、なんでもない、いってくる」
「うん?」
出掛けの声色が何時もと違う事に多少違和感を覚える。そんな自分に、なんとなくもやを抱いた。
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