疲れた。今日ほんとに疲れた。もう一歩も動きたくないけど生活の為そうもいかないのが辛い。
こういう時嫁が欲しいなって思うけど、現実に待っているのはヒモ(特訓中)なのがほんと辛い…。
億劫な気分のまま買い物を終えてアパートに帰ると、机の上でアゲリハが熱心に書きものをしているのを見つけた。
机の上には以前購入してから直ぐに用途を無くした色ペンがごろごろと転がっていて、アゲリハは、それを使って適当な紙に何かを書きこんでいた。
やたらに楽しそうだなと、ソレを覗き込んで、お、と声を上げる。
紙の上に書かれていたのは、花とか、空とか、見慣れた物のスケッチだ。しかし。
「お前ほんとに絵が上手いな…」
「そうか?」
「うん、今のは褒めた」
「わーい!サノトが褒めてくれた!」
褒められた事がよほど嬉しかったらしく、椅子から立ち上がって紙を何枚か掲げ、見て見て!と強請ってきた。
力作を見て欲しいというよりは、唯サノトに褒めて欲しい様子だ。
………。
「どうしたサノト?」
「いや、別に」
…何時もならば「調子に乗るなよ」と呆れる場面だが、今日は他の事で億劫だった所為かついついほだされてしまった。
ぐりぐりと行き成りサノトに頭を撫でられたアゲリハは、きょとんと目を丸くさせたが、撫でられた事自体が嬉しかったらしくへらっと嬉しそうに笑った。
ああくそう、ヒモの癖に良い顔してんじゃねぇっての。
「それより、ほら、絵見せろ」
「うん!」
アゲリハが適当に掲げた絵のどれもが、寸分たがわず上手かった。
物の正確さとか、色の使い方とか、見るのも書くのも素人であるサノトにでも「ああ、これ凄いな」と分かる具合だ。
その中でひとつ、パンの絵を見つけて拾い上げる。以前描いたものの中でも見たことの無い図柄だ。
これも上手いなと思いつつ、ついつい、パンから仕事の事を思い出してしまう。
少し忘れかけていた億劫な気持ちが再び蘇ってきて、はぁ、とあからさまな溜息をついた。
それに気づいたらしいアゲリハが、「どうしたサノト」と、あごを肩に乗せてくる。
どうしたもこうしたも、どう説明して良いのやら。
「…なー、とうしか、ってなんなの?」
事の元凶がそもそも何者かを認識していなかった事も思い出し、落ちた口調で尋ねると、アゲリハが長い睫をぱちぱち動かしてから首を傾げた。
「いきなりどうした?」
「いや、最近店の客で投資家って奴が出入りしてるんだけど、俺、その投資家ってのを良く知らなくて、お前なら知ってるだろ?」
「ふうん?」
納得したような、していないような頷き方をしてから、アゲリハは椅子に戻って自分で用意したのであろう茶を口にする。
サノトにも座るよう促され、その際、アゲリハが残っていた茶を何時の間にか用意してあったカップに注ぎ入れてサノトに渡した。
有難く口をつけてから、うえ、と舌を出す。
茶が甘すぎる。さては砂糖を先に、大量にぶちこんだなこの野郎。
文句を言おうとした瞬間、「さて」とタイミング悪く話を始められてしまう。…まぁいいや、終わってからで。
31>>
<<
top