昨日の雨は何処に吸い込まれてしまったのか、疑問に思うほど何時も通りにからっと空が晴れている。

バスを降りて、一日ぶりのさんさんとした日差しの下、目を細めながら空を見上げた。

バス停から店に徒歩で向かい、すっかり湿り気の飛んだ店の設備を見渡す。これなら今日は何時も通りの客足が期待できるだろう。

おはようございます、と、箱の外から中に居るであろうオギに挨拶をする。が、何時もならば窓からにっこり顔を覗かせるオギが一向に出てこない。

変だな、と思い、何度も名前を呼びながら箱の中に入ると。

「あれ?…あれ?」

奥で頭を傾げたり、手を忙しなく動かしているオギを見つけた。

彼の目の前には、何時も仕事で使う大きな珈琲作りの機械がある。それを、何度も何度も触りながら首を横に倒している。不自然である事は明白だった。

サノトが中に入っていた事に気付いていないオギに、吃驚させないくらいの声で「どうしました?」と近付いて声をかける。

それでも、びくっ!と驚いたらしいオギが、大げさに振り返って「ああ!」と声を上げた。

「すみませんサノト君!もう出勤されてたんですね!」

「いえ、大丈夫です、それより…どうかしたんですか?」

もう一度尋ねると、途端、オギが眉をハの字に下げる。

「それが、どうも機械の調子が悪いみたいで…」

再び機械に向き直り、何時もの手順で一通り触るが、中からカップに落ちてきたのは水分のみだった。確かに様子がおかしい。

サノトも分からないなりに、ああじゃないかこうじゃないかと修繕に手を貸したが、やがて何をしても機械が治らない事を見込むと、二人で肩を落として機械から離れた。

その際、オギは機械よりも奥にある電話に向かって受話器を取った。

「壊れちゃったなら仕方ありませんね、修理の業者を頼みます、最悪買い換えないといけないかな…、サノト君、これで今日の分の珈琲を他の店で買ってきてくれませんか?缶のもので大丈夫です」

「分かりました」

「ちょっと往復が大変だと思いますけど、200くらいあれば大丈夫だと思います」

「…あの、それ、もう別の珈琲の機械買った方がお得じゃないですか?業務用治るまで使えるでしょうし」

「え?やだなサノト君、まだ治るかどうか判断出来てませんよ?」

「いやそうじゃなくて、ほら、家庭用とかの…」

「うちの店でひとつひとつ手でドリップするのは大変ですよ、サノト君」

「いやそうじゃなくて、そこそこ小さくて、家で使える機械の…」

「ん?面白い事を言いますね、自分の手でドリップするならさておき、珈琲は機械を使って家で作れるものじゃ無いじゃないですか」

「―――………」

―――まさか無いのか?

此処に来てそんな物を買う余裕も金も無かったし、珈琲が飲みたければ自分でドリップするか此処で飲むか安価な缶を買っていたのでらそれ自体を見たこともなかったけれど。

サノトが自分の世界で使って飲んでいた、あの小さな珈琲の機械が此処には無いのか。

意外な事実と、まかないで機械作珈琲を飲みまくっている自分が意外な贅沢をしていた事に気付いて唖然とした。

が、「それじゃあお願いします!」と、サノトに小袋をさっと渡して電話をかけ始めたオギに気づき、慌てて御遣いに向かった。

バスに乗って一番近い店に入り珈琲缶の在庫を聞くと、丁度200あると返答を貰えたので早速それを全部買い付けた。

一回の往復で50を運ぶのが限界だろうと見越し、まずはひと箱抱えてバスに乗る。

2回繰り返した所で電話を終えたオギが手伝いについてきてくれた。最後は一回で済んだ珈琲缶の運搬を終えると、休む間もなく在庫、試食、開店の準備を始める。

何時もの開店時間になんとか間に合わせて店を開くと、早速、わっと店に人が並び始めた。オギが急いで箱に戻り、サノトはレジを叩いて客を整理していく。

今日は珈琲が代理である事を説明するのに躓いたり、真っ先に青天が無くなったり、試食が思ったより早く捌けてしまったり、右往左往しながら業務をこなしていくと、列が無くなる頃には陽が傾いていた。

やっと手の空いた間に、走った訳でも無いのにぜぃぜぃと息が切れる。

休憩の為に声をかけに来てくれたのであろうオギも、何時もより随分やつれた顔をしていた。

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