今日は変な日だったなと、未だに雨が振り続けている窓の外側を眺めながら思う。

雨はさぁさぁと音を立て、止む気配を見せない。夕食終わり、ついでに思いついた明日の為の朝食を作りながら、雨を見る目をそっと細めた。

アゲリハに話を補強してもらったところ、トーイガノーツでは雨は稀にしか降らないそうだ。

いや、「降らない」というのはおかしいか。此処の人間はそれが普通なのだから、降るも降らないも、その感覚自体が無いみたいだ。

また、不思議な気分に襲われていると、突然扉の向こうからばたばたと小うるさい音が聞こえてきた。

振り返る前に「開けてー!」と高く、軽快な声が響く。セイゴの声だ。

「よー」

ご要望通り扉を開けると、サノトよりも頭ひとつ分小さい、相変わらず愛らしい顔立ちの男がにこにこと立っていた。

「あー疲れた!久しぶりに雨振ってる日に出かけたよー、走ったけどすっごい濡れちゃった」

「おつかれー、随分遅くに戻ってきたな」

「まあねー、アゲリハ様は?」

「もう寝たよ」

「そっか、…しっかしもー、ほんと疲れたよー、夜ごはんも食べ損ねちゃって、お腹がぎゅうぎゅう言ってる」

「あ、じゃあ飯食ってく?」

「え!あるの!?」

「丁度明日の朝の分作ってたんだよ、簡単なものだけど、直ぐに出来るから食べていけば?」

「やったねー!」

両手を大げさに振り上げてから、セイゴが軽い足取りで部屋の中央にまで入って行った。

その身体が机に座るのを見届けた後、再び朝食作りを再開し、ちょっとだけ量を増やしたソレを早速セイゴの所へ持って行く。

出来上がったパンとスープを見るなり、セイゴがきらりと目を輝かせた。

「どーぞ」

「はーい!」

出されたパンを早速頬張り、至極ご満悦そうな顔を浮かばせる。その目元が少しかさついているのにふと気づいた。

「何しに行ってたんだ?仕事?」

「そうそう、まぁ書類送付とか、あと電話とか、それがすっごい長引いちゃってさぁ」

「そうなんだ、大変そうだな」

「うん、ほんっと!しかもね、一回こっち戻ってこいって言われてさぁ、くだらない用事だよ、面倒でやんなっちゃう」

「ふうん、何の用事なんだ?」

「別に?ただ上司が飼ってるペットの世話をしにいくだけ、普段は上司が係っきりなんだけど、どーしても見れない時に僕が変わりで面倒見てるの、熱なんか出しやがってさ、これが中々治らないらしいんだよ、無菌で育て過ぎだって何時も言ってるんだけどね」

「他の人に任せられないのか?」

「無理だね、あの人死ぬほど神経質だから、決めたお世話係じゃないと任せられないんだよ」

眉間に皺を寄せつつ、しかし口角を笑みに曲げる。ちぐはぐな表情で言った台詞は大層複雑な声色に聞こえた。

粗方食事を食べ終えると、セイゴはあくびをひとつしてから立ち上がり、「ありがと、それじゃあね」と言って部屋を出て行った。

それと入れ替わるように「サノト?」と、背後から声が聞こえてくる。

振り返ると、寝室で寝ていた筈のアゲリハが瞼を擦りながらじっとこちらを見つめていた。結構騒いでいたので起こしてしまったらしい。

「ごめん、起こしたか?」

「いや、…セイゴの声が聞こえた気がしたんだが」

「うん、さっきまで居たんだよ、帰っちゃったけど」

「そうか」

机の上の物を片づけながら、「なんかさぁ」と、何となしに会話を続ける。

「セイゴ、仕事でペットの世話しないといけないんだって」

「………誰の?」

「えーと、上司?って言ってたよ、そういうのも仕事の内なんだな」

大変だな、と同意を求めるサノトの言葉に、アゲリハはたっぷり、数十秒の間を空けた後、寝起き特有の気だるげな声で「ふうん?」と答えた。

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