「ねぇねぇ君名前は?いくつ?」
「はぁ、サノトです、17です」
「若い!かわいい!お肌ももっちもちだし!ねぇねぇ僕の彼氏にならない?」
「ギョウムチュウのオサソイはご遠慮クダサイ…」
「やだー、だって顔が凄い好みなんだもん」
趣味が悪いんじゃないのかこのひと、と、つい思ってしまったのは恐らくアゲリハの影響だ。ゆるすまじ。
「あの、俺の事はさておき、…実はお願いがあるんですけど」
「え?何々?」
面倒な誘いを早々に打ち切り「宜しければ試食をお願いできないでしょうか?」と、本題を切り出すと、男が素っ頓狂な声で「ししょく?」と中身を反復した。
「今店の方で新作を検討してて、お客さんに試食をお願いしてるんです、それで、良ければなんですけど…」
さっさと場を切り抜けたい一心でずい、と持っていたトレイを男の目の前に差し出すと、男の目が不意に細くなった。
ふうん、とトレイの上に乗せられたパンの数々を眺めてから、にっこり笑って「いいよ」と頷く。
男は早速、手前にあった、今回の試食の中でも一番色と味のやばいサンドイッチを掴むと、躊躇せずソレを口にした。
まさか真っ先にそれを掴むとは思わず、絶対苦情かオーバーリアクションが来る。かと思いきや、想像に反し男は「へぇ」と静かに口を開いた。
「場末の店にしてはなかなか面白い味だすな、ふむ」
口の端を舌でなめとりながら男が明後日の方を向いた。そのまま、ぶつぶつと何事かをサノトには聞こえない声で呟いた後、顔を正位置に戻してから手に持っていたパンを全て平らげた。
それから、トレイの残りも全て平らげ始める。線が細そうなので一つか二つは残るだろうと思っていたが、意外と大食漢のようだ。
トレイの上がからっぽになると、男は満足げに手を叩いて突然立ち上がった。
「ははぁ、中々良い店じゃないか、店員もくっそ可愛いし」
男はサノトが座っていた方に向かって長いコンパスを進め、それから、端正な顔立ちを耳元へ近づけると、わざとらしく耳の肉に唇をかすめて「ごちそうさまサノト君、美味しかったよ」と艶めかしい声で囁いた。そわっと、肌に泡が立つ。
男はサノトから離れると今度はオギの居る赤い箱の方へ向かっていった。中で作業をしているオギを見つけると、こつこつ、指で窓を叩く。
それに気づいたオギが男の叩いた窓を内側から開いた。
「ご主人、先ほど店員君に勧められて試食をさせて頂きました、中々素晴らしいパンばかりですね、実用化の見通しはありますか?」
「はい、目下検討中なんです!お客さんはどれが一番お好きでした?」
「そうですね、取っ付き易いのはジャムと香草のものでしたけど、個人的には…」
オギと男が楽しそうに盛り上がるのを遠目で見ながら、やれやれ、変な仕事がやっと済んだと、試食のトレイと、ついでに男のトレイを片付けはじめる。と。
「さーのと君」
突然背後から抱きすくめられ、不意打ちに前へ崩れ落ちそうになる、寸前、即座にサノトを支えた男が、まるで踊り出すような格好で、くるりとお互いを回転させた。
「今日は楽しかったよ、ありがとう」
「は、はぁ…」
「またくるね?」
一文字ずつ丁寧に念押され、顔を近づけられる。
あからさまなアピールの連続にいっそう顔を引き攣らせながらも「有難う御座います」と、接客の対応を崩さなかったのは、我ながらエライと思う。
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