「僕とお茶をする時間は君の労働時間で換算するといくら?」
「は、え、あの」
「言い値で出そう、いくら?」
そう言ってから、男が自分の服から黒い長財布を取り出し中身を取り出した。その金額の大きさに衝撃が走る程驚いた。
「手持ちで足りるかなー?」
「こ、困ります…!」
受け取れないという意思を見せると、男がからから笑い出した。
なんだ、からかわれていただけかと、安堵と遊ばれた事に対する怒りを感じていると、突然男が椅子から立ち上がった。
今度は何事だと、サノトが尋ねる前に「店長に交渉しないといけないかな?」と男が笑いながら答えた。
「あの、冗談はやめてください!」
「あれ?からかってるように見えた?うーん、交渉に信用が無いのは困るね」
ごめんね?と、軽く言ってから、男がまた財布を取り出した。そして事もあろうか、何枚か引き抜いた紙幣をサノトの目の前で―――真っ二つに破り裂いた。
それを見てサノトも流石に事態と息を飲み込んだ。冗談じゃ、無かった。本気で自分との時間を今から払う気だ。なぜ。
「それじゃ、店長さんに言ってくるから」
「いえ!あの!店長には俺が…あ、と、とりあえず珈琲お持ちしますから!」
「え?そう?うん、じゃあよろしくー、君の分もね?」
良く分からない締め方をしてからとりあえずサノトはオギの元に急いで戻った。
店に戻るなり肩で息をするサノトにオギは何事だと目を丸くさせ、「どうしました?」とその肩を掴んだ。
「あ、あの、すみませんオギさん、あのひと、ちょっと厄介なお客さんみたいで…」
サノトが店から出て、男に話しかけてから、此処に戻ってくる迄のわずか数分で何があったかを途切れ途切れに伝えると、オギが顎に手を当てて何事かを考え始めた。
暫くして考えがまとめ上がると、ぽん!と両手を打つ。
「やっぱり投資家の方なんですね!」
「はい?」
「投資家の意見が頂けるなんて貴重なことです!というわけでサノト君、彼とお茶してきてください!それで試食を!」
「オギさん、俺、厄介なお客様さんの対処は慣れてないんですけど…」
「サノト君なら大丈夫ですよ!」
…押し付けられている感じならばまだ反論のしようがあるのだが、一切のくもりなく信用し切った目で断言されてしまうとこれ以上言い募るのも憚られてしまう。
致し方ない。雇用主がやれと言っているのだ、腹を括るか。
「もし、俺が手を上げたら助けに来てくださいね…」
「分かりました!」
一応の保険をかけ、オギに淹れて貰った珈琲を二つトレイに乗せて男の元に戻った。
戻ってきたサノトを、頬杖を突きながら男は艶めかしい目つきで出迎えた。その目線が自分に向いているという事に、すっと背筋が冷える。
「あの、お待たせしました…」
「ありがとー」
笑顔で珈琲を受け取りながら男はサノトの片手を両手で握った。女性が業務中にセクハラを受ける気分が、今何となくわかった気がした。
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