「あ、それより、オギさん店どうしましょう…」

「そうですね…」

店を閉めようかという方向に話はいっていたが、男が帰らない限り動き様が無いので困ってしまった。が、その内、オギがぽん!と手を叩いて「試食をしてもらいましょう!」と提案してきた。

「雨の日にわざわざ傘をさして食事をされるなんて、ちょっと変わったお客さんです!もし投資家ならなおさらこれは良い機会ですよサノト君、彼に是非試食を!」

「え、ええ?試食にその感性関係あります?」

「おおいにあります!というわけで、はいこれ!」

一応、店にも傘があるらしく、オギが置き傘をとってきて見せてくれた。

あまり出番が無いらしく、傘は随分と色が褪せている。それを渡され、「よろしくです!」と、親指を立てて先を促された。

「…えー」

誰も居ない雨の日に傘をさす男に試食を頼むのは気が引ける、というよりは、彼の雰囲気が洗練され過ぎて喋りかけにくい。

遠回しに、「迷惑になるんじゃ…」イコール、やめておこうよ、と案件回避しようとしたサノトに、オギが空のトレイに余っていた試食を盛り込み更にそれをサノトに渡してしまった。

「雰囲気的に店長の方が…」イコール、オギが渡してくれ、と更に回避しようとしたが、「サノト君の方が屹度親しみやすいですよ!がんばってください!」と悪気の無いエールを送られ詰んでしまった。…もうこれは逃げられないな。

仕方なく意を決し、店の置き傘を開いて肩にかけ、試食の乗ったトレイを持って男の座る席へと進んだ。一旦立ち止まって深呼吸をしてから、ふっと吐き出し、歩みを進める。

男はサノトが間近に寄っても本から一度も目を離さなかった。気づいていないらしい。踵を返したい気持ちにかられたが無理矢理抑え込んで「あの!」と声を上げた。

眼鏡の向こうにある目が、訝しげな風に歪んでサノトの方を向いた。

「すみません」と断ってから、さっさと用件を終えて戻ってしまおうと、勢い込もうとしたが。

「…うわっ、可愛い!」

男の一言で、すとんと力が抜けてしまった。

え、今なんて言われた?

「え?」

思わず声を上げたサノトの腕を男が思い切り引っ張ってきた。トレイを落としそうになり、慌ててそれを机に、腰を椅子に避難させる。その腰に、事もあろうか男が腕を回してきた。

え、なにこのひと。

男は立ちの良い顔をぐいとサノトに近づけ、美麗な顔の割りには野暮ったい眼鏡と、罅傷の無い唇をサノトの目前にまで寄せてきた。

「ねぇ君ひとり?いっしょにお茶しない?僕丁度暇でさぁ」

「は、はぁ、すみません、俺暇じゃなくて…あの、ここの店員ですから」

「まじで?良い事聞いたわ通おう、ね、追加の珈琲貰ってもいいかな?ついでに君の分も」

「いや、あの、仕事中なので…」

「いくら?」

「え?」

男が寄せていた顔をすっと後ろに下げ、指を複雑に折りたたんでサノトに見せてきた。

その手の意図が分からず動揺していると、にっこり笑った男がもう片方の手でその手とサノトを交互に指差した。

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