結局今日も成果を上げられずに帰宅し、夕飯を食べ終えた後、ふと思い立って以前ツララギに貰った冊子を取り出した。

一枚目を捲ると、貰った日の日付で二種類の日記が書いてあった。気を抜くとさぼってしまいそうなので、思い出しては書くようにしなくてはと、ペンを探して手に持った。

ツララギと作った表を見て今日あった事を書きこんでいると、向こうで何かの本を読んでいたアゲリハが「それはなんだ?」と背後から表を覗き込んできた。

見上げる形で振り返り、「お前の国の文字と俺の国の文字だよ」と言えば、途端、相手の目がきらりと輝いた。

「ほう!面白そうだな、私にも見せてくれ」

興味津々に腕を伸ばしサノトが了承する前にその紙を掴む。抵抗する気もなかったので紙から力を抜くと、するりと攫われた。

サノトの背中に背中を合わせて座り込むと、ふむとか、うむ、とか断続的に呟きそれを読み始める。

「それとこれ使って、文字を覚える為に日記を付けてるんだ」

「ああ、いいじゃないか?人は知識を蓄える時読み書きから始めるからな」

「分からない事があったら教えてくれよ」

「了解だ」

「…あ、そういえばさ」

「なんだ?」

不意に先日の事を思い出した。ぐるっと回転してアゲリハに向き直る。

「ツララギに世界が違うって言ったら、そもそも世界が違う事自体が分からなかったみたいなんだけど、お前等初めから分かってたよね?なんで?」

「ああ、それはなサノト、知識の差という奴だな」

「知識?勉強の事?」

「違う、開示されている情報の差だ、勉強をして学べる物と、勉強をする事さえもままならない物は全く別物だろう?」

「…えーと?」

「奴は一般人だが、私とセイゴは蝗側だからな、あそこはトーイガの中央集権だから一般人とは秘匿の具合が違う」

「えーと、つまり?」

「つまり、お前はセイゴに緊急列車の事を秘密にしろと言われただろう?」

「うん」

「そういった、一般人には漏らしていない情報が蝗にはたくさんあるという事だ」

それはつまり、一般人には話せない、つまり秘密にするような話はそもそも勉強のしようも無いと言う事か。

「…世界が違うって事、秘密にするようなことか?」

というより、それがもし秘密にするような事ならば先日ぺろっとサノトは喋ってしまったのだが、大丈夫だろうか?

「世界が違う事自体が秘匿になったのはついでだろう、奴らが秘密にしたがったのは飛ぶ列車の方だ、だから蝗はお前に列車の口止めだけをしたんだ、帰り道の為の融資を切る条件もつけてな、まぁそれ自体も実際は問題にしてないかもしれないがな、人の口に扉を建てられない事は奴らも承知だろう、ひとりの人間の言葉の影響力などたかが知れているとたかをくくっているやもしれんしな」

「…なんかよくわからんくなってきた、もういいや、そろそろ寝るわ」

喋っていたら随分良い時間になってしまった。丁度書き終わったので冊子を閉じて寝る為に立ち上がる。その際、熱烈なおやすみ攻撃を受けたので、はいはいとそれを適当にあしらって、最中。

「……あれ?それってつまり、過去にも緊急列車で違う世界に行った奴がいるってことか?」

遅れて口にしたサノトの疑問に、アゲリハは一瞬呆け、直ぐ、難しい顔をしてから「さあな」と言った。

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