ツララギは世界の話が大分お気に召したらしく、休憩中の内に根堀り葉掘りサノトの世界の話を聞きたがった。

何を話したら面白いのかが特に思いつかなかったので、無難に、サノトが此処に来てから、似ていて非なる物を上げ連ねていく。

それが予想に反して大変お気に召したらしく、ひたすら凄い凄いと、別にサノト自体は何も凄く無い事を一頻り褒め千切ってくれた。

それから、何かを思いついたらしいツララギが「そうだ!」と言って自分の鞄の中を漁り始めた。中から一冊の小さな本を取り出すとサノトに手渡してくる。

装丁はとりわけ派手ではなく、しかし上品で、ぱらぱらと中を捲ると中はまっさらな白紙になっていた。

「サノト、字覚えるついでに日記書いたらどう?」

「日記?」

「うん、これさ、仕入れのついでに余分があるからって取引先から貰ってきたんだけど、良かったらあげるよ、…ちょっと失礼」

サノトが開いた頁の上に、ツララギが次に鞄からペンを取り出して置いた。その拍子にペンが落ちてしまいそうになったので慌てて本を閉じる。

「字って書いた方が覚えるっていうし、逆に書かないと忘れるっていうし、日記なら一日振り返るだけで書きやすいだろ?あ、そうだ、この国の文字と、お前の文字を交互に書くのはどう?覚えやすくなるんじゃないか?」

「…あー、いいかも、それで勉強してみるよ、有難う」

「じゃ、手っ取り早く表でもつくろっか!えーと…」

早速、閉じた冊子をもう一度開いて、ツララギが中に挟まっていたペンを取り出し白紙の表面にこの国の文字をかきはじめた。その横に、サノトも店のペンを使って自分の国の文字を書き始める。

お互いの文字を書き連ねるという作業は意外に楽しく、何がどう違うのかを話すのも楽しかった。

トーイガの文字は一種類しかないらしく、サノトの文字には複数の種類があるんだと説明した時、ツララギはまた驚いた様子で、複数を覚えて扱えるのは凄いとしきりにサノトを褒めた。

そうでもないよと、身に余る言葉ををそっと脇に下ろす。

そうして夢中になっていると、気が付いたら残りの休憩時間をほとんどそれに費やしてしまった。

オギに呼ばれて初めて時間が過ぎている事に気付き、慌てて二人で席を立つ。ツララギも仕事の途中だったらしく、挨拶もそこそこに帰って行った。

サノトも、表の書き終わった冊子を抱えて持ち場に戻った。自分の鞄の近くまで行くと、そっと、大事にそれを仕舞う。

…日記とか、何年ぶりだろう。昔は絵日記とか好きだった気がするけど、この歳で、こんな形で日記を書くことになるとは思わなかった。しかも、違う文字で書くことになるとは。

生まれて20年も経っていないのに、人生って何が起こるか分からないものだ。

「…それを今から書くのか」

その、何が起こるか分からない事がこの先、この冊子の中に吸い込まれていく事になるんだろう。

それを思うと、何だか不思議な気分になった。

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