暫く紙を見下ろしてから、ふと思いついて紙束をトレイに同乗させた。それをツララギのところまで持って戻る。
案の定、珈琲以外を乗せたトレイに興味を持ったらしいツララギが「それなに?」と疑問を抱いてくれた。目論み通り、その疑問に便乗する。
「なぁツララギ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「え?なになに?」
「変な事言うんだけどさ、その、…俺に文字を教えてくれないか?」
今まで生活が大変で、真っ先に思いつかなければいけない事を今ようやく思いついた。
我ながら今更過ぎると思ったが、自分と同じ状況に立たされて先に勉強を思いつけるなんて無茶振り出来る奴が居たら逆に見てみたいなとも思った。
サノトがお願いをした瞬間、ツララギが甘い物を食べた筈なのに塩辛かった、みたいな形容し難い顔でこてんと首を傾けた。
「あれ?サノトって文字読めないの?そんな環境で育ってるようには見えないんだけど…」
「あの、ごめん、実は俺さ、黙ってたんだけど…」
以前、説明が出来ないからと色々誤魔化して変に気を遣わせる結果になってしまったので、その辺りもきちんと出来る良い機会だと思った。
とりあえず口止めされていない部分とややこしい所を簡略しての説明を試みる。すると。
「サノトが別のセカイから来た?別のセカイってなに?なんかの店の名前?」
一番肝心な所で疑問を飛ばされ咄嗟に身体が傾きそうになった。
「ああいやだから、えーと!ほら、別の世界だよ!世界だって!」
「え?だからどういうこと?」
「え、えー?」
此処に来て直ぐ、アゲリハ、及びセイゴは普通に世界の事を話してたけど、…そもそもそういう考えが無い人も居るってこと?それってつまりどういう事?
ええと、とにかく、どう言えばいいのかな。
とりあえず店からペンをひとつ取りに戻り、それから、貰った資料の隙間を使ってがりがりと絵を描いた。丸を二つ、矢印を一つ。
「…この丸がトーイガノーツで、それで、俺が言ったのはこっちの丸のこと」
「ふうん、丸?」
「此処と同じようなものが、もうひとつ存在する、みたいな風で、それが世界が違うって意味なんだけど」
「それ国じゃないの?トーイガとノーツの事じゃないの?」
「違うよ、同じ場所にあるものじゃなくてさ、…あ、そうか、例えばさ、ツララギは此処にいるじゃないか」
「うん?」
ふたつの丸の上に棒の人間を書き加える。これがツララギで、これもツララギ、と説明すると、ますますツララギがおかしな顔を浮かべた。
「自分と全く同じ人が、全く別の空間…っていうより、別の時間で存在してるってなると、分かりやすくないか?世界が違うって、そういう事なんだよ」
「………」
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