鈴木、否、ツララギと名乗った男は、茫然としたまま動けなくなったサノトから一度離れると、何かを手に持ち戻ってきた。
「ほら」と手渡されたのは飲み物の缶だ。こくりと頷きソレを受け取る。
階段に腰かけたツララギに座るよう誘われ、大人しく隣に腰をつけた。早速缶のプルタブを空ける。
どうでも良い事だが、この国の缶は上の部分を全て開けて飲み口となるので中身が零れやすいのが特徴だ。今日も当然のように零れて手についた。
手を拭くサノトの隣で同じく缶を開けた男が「驚いた」と呟く。振り返ると、眉をへの字にした男と目が合った。
「熱烈な告白だったらどうしようかと思ってて、俺女の子しか駄目だからさー」
「…なぁ、ほんとに鈴木じゃないの?」
「生まれてこの方、言われた事も聞いた事も無い名前だな」
「はー…」
そうか、他人の空似か。こんなにそっくりな空似もあるものか。
何がどうした訳でも無いのにすとんと気が抜けた。数合わせで遊んでいる時、当たったかと思いきや、6と9のさかさまだった時の感覚に似ている。
意味の無い虚脱感をどう取ったのか、男が「まあまあ」と肩を叩いてきた。
「言われてみれば俺も自分の知り合いにそっくりな奴いたらびっくりするな、つい追いかけちゃうかも!」
「…だよなー」
こうやって空気読むところもそっくりなのになぁ。何時かも思ったが、世界は広い。定義のレベルで。
一度口を閉ざしたが、その内相手の方がそわそわとサノトに視線を送ってきた。なんだろうと尋ねる前に、「そんなに似てるの?」と切り出される。
「気になるのか?」
「えー?だって追いかけられる程似てるとか、ちょっと気にならない?」
ああ、まぁ確かに。俺も同じ経緯を相手側で体験したら同じ事を思うかもしれない。
「うん、似てるよ、少なくとも顔と声はそのままそっくり、性格も似てるんじゃないか?」
「へー、どんな奴なの?」
「良い奴だよ、すごく、話面白いし、誰にでも合わせてくれるし」
「うんうん」
「俺の他にも友達多いし、空気読むし、凄い気配り上手いし、もてるし」
「…う、うん」
「あ、それにかっこいい、ふざけてる時が多いからそう見えない時もあるんだけど、黙ってるとイケメンでさ」
「あの、ちょっと待ってくれる?」
「ん?」
「なんか、俺が恥ずかしくなってきた…」
「はは、褒めるとはぐらかす所も似てるな、芋譲ってくれたり優しいし、お前も良い奴だな、そっくりだよツララギ、お前もかっこいーよ」
「ヤメテー!」
遠慮しなくてもいいのに、と小突くサノトの隣で男がぱっと立ち上がった。
じたばた踏鞴を踏んだあと、わざとらしく時計を覗いて、から、一転。真面目な声色で「あ」と声を上げた。
「ごめん!もう帰らないと」
「そうなのか?うん、じゃあ気を付けて」
ありがとー、と言ってから去ろうとしたツララギだったが、数歩先で立ち止まり、くるりとこちらに振り返った。
「…なー、サノトって良く此処に来るの?」
「え?ああ、買い物には良く来るよ」
「そっか!」
嬉しそうに手を叩いた男が何故か立ち戻り、「な!」と、片手をサノトに向けてくる。
「俺ともトモダチになろーよ!」
「ん?んー…」
「どうかした?」
「いやなんか、…友達に友達になろうって言われてるみたいで変な感じ」
差し出された手をおもむろに掴み、湧いた気分を素直に口にすると、呆気にとられたらしい男が、やがてふにゃりと笑って「そりゃあ変だな」と言った。
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