此処数日を言い表すのならば、仕事は順調だが、生活が破綻している。だ。

この一文だけなら俺は家庭を顧みない駄目夫のようだ。俺は悪く無いと言えば余計にそれっぽい。しかし声を荒げて叫びたい。俺は、悪く無い。

鬱憤が溜まりに溜まって、精神的な疲労が半端無くなってきた。

けれどそんな事を仕事先の上司(オギ)に言っても仕方が無いし、そもそもあの優しい人に余計な心配されたくないし、かといってセイゴなど、爆笑されるに決まっているので機嫌に油だ。

仕事帰り、今日の夕飯の買い出しに出かけながらはぁ、と溜息をついた。目を細める機会が多くなってきて、これでは皺でも出来てしまいそうだ。

歩いて向かうのはビル型になっている複合食材売り場だった。公共交通機関同様、こういう場所は何処にでも存在するらしい。

中身が充実している2階で必要な買い物だけを済ませると、次に3階に上がった。生鮮食品では無く、既に出来上がった食品を扱う店が壁と壁に仕切られ、至るところで良い匂いを立ち込めている。腹が減る匂いだ。

サノトのお目当ては出入り口にほど近いコロッケ売り場だった。ちょっとした行列の出来る、安くしかも美味しいコロッケを見つけたのはつい最近の話だ。

コロッケを待つ列にサノトも入り込み、順番を待つ、その最中、再び溜息をついてしまった。

溜息をつくのがどうにもクセになってしまっているらしい。いかんいかん。

サノトに連鎖するように、同じような溜息が前から聞こえてきた。ああ、苦労ってのは世間に溢れ返っているんだな。

ちょっとだけ苦く感じている内に列が動いた。もう数分もすればサノトの番になるだろう。

自分の分と、アゲリハの分と、セイゴも来るかもしれないから余分を数えていると向こうに居る売り子に手招きされた。さっと近づき今数え終えたばかりの数を告げようとした、が。

「あの、ごめんね、さっきので売り切れちゃって」

申し訳無さそうに頭を下げられ愕然とした。思わずよろよろと近くの壁に寄り添い、がっくりと肩を下げてしまう。コロッケのひとつも買えなかった事がいやにショックだったのだ。

これは多分、あれだ。最近あまりにもついてない上に鬱憤が凄いから、小さな不幸も底上げされてしまうんだろう。

こつこつ額を壁にぶつけていると誰かに背中を叩かれた。

「なあ、揚げ芋、半分で良ければ譲ろうか?」

サノトの様子を見かねたらしい誰かが声を掛けてくれたようだ。掛け値の無い優しさにこれまた大げさに感動して、礼を言う為ふっと振り返った。途端。眼が零れそうなほどに見開いた。

「大目に買っちゃったからさ、ね?此処の美味いよな、安いし」

「………」

「…もしもーし?大丈夫?」

「す」

「す?…あ、俺がスゲーかっこいい?惚れちゃった?やばいわー、かっこよくてごめんね?」

「すずき」

「ん?…んん!?何々!?」

思い切り迫った瞬間、相手がたじろぎ背後の階段に逃げ込んだ。その背にはぐれないようについて歩くと、その内相手が走り出した。

降りの階段を二人で思い切り駆け降りる。謎の疾走感が辺りを満たした。

「すずきぃいいぃいいいい!!!何で逃げるんだー!!」

「ええ!?何でってこっちが何でだし!?」

「逃げんなこらぁぁああああぁああ!!」

「にげらいでかぁぁあぁあああああ!!」

「待てこらぁぁあぁあぁあああ!!」

「えぇぇえええ!?何々もー!…しゃーねぇな!!おらぁ!!」

「へぶぅ!!」

ぎゃぁあああ!!顔面!顔面打った!!超いてぇ!!

転んで打った顔を押え、悶絶するサノトの頭上で何かが近づく気配がした。「なになに?」とこちらを覗き込んでくるのは、見慣れた友人の顔だ。

「なんなのー?ひと目惚れにしては表現が重すぎるんだけどー?」

「ふざけんな鈴木!なんなんだはこっちだ!」

膝を折り、その上に肘をつく鈴木と同じ目線に迄復活する。驚く相手の腕を掴み、今度はサノトが顔を近づけた。

「お前もあの列車に乗ってたのか!?」

「え?今日はバスで来たけど?」

「そうじゃなくてあれだよ!空!空のやつ!」

「空?今日良い天気だよね?」

「ちげーよ鈴木!こんな時にふざけてるんじゃねぇ!!」

「…あのー、もしかしてだけど、誰かと間違えてる?」

「は!?」

「だってさぁ、さっきからスズキスズキって、なんのこと?」

苦笑いを浮かべた鈴木がこてんと首を傾げて見せた。何をまたふざけてるんだと怒鳴りかけて、から、―――ひゅっと、急に熱が冷める。

「…お、俺だよ鈴木、サノトだよ?」

「そっか、サノト君っていうんだ」

「す」

「俺ツララギって言うの、はじめまして?」

「……なんの冗談だ」

「知り合いだったら普通こんな冗談言うか?」

そうだけど、そうだけどさ。…マジか。

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