辿り着いた部屋の扉を開けるなり「おかえりサノトー!!」とアゲリハに飛びつかれた。主の帰りを察知した飼い犬のような出迎えだ。
「…ただいま」
ぎゅうぎゅう抱き着かれながら低い声で挨拶をする。テンションの高いアゲリハとは違い、サノトが今思っている事は「余計に疲れる顔してんなぁこいつ」という事だった。
相手の重みでずるずる落ちそうになったので早々に引き剥がし、中に入ろうとする。その腕を急にアゲリハが掴んできた。
今度は何だと尋ねる前に、小首を傾げたアゲリハが「ご飯を作ったんだ」と切り出してきた。
「ああ、有難う」
今まではサノトが(もはやクセで)家事をこなしていたが、手が空いているならやっておいてくれと言っておいたのを守ってくれたらしい。
礼を言って直ぐ、アゲリハがぱっと笑顔を浮かべた。どうやら褒めて欲しくてわざと引き止めたらしい。
「腹へったなー」
オギがまかないでサンドイッチをくれたがとっくの昔に消化されてしまっているようだ。早く空腹を満たしたくて、部屋の中央に向かう。
そして、…眼に入った光景に愕然とした。後ろから「久しぶりに作ったから楽しかった!」とはしゃいだ声が追ってくる。
「………」
なんだろうこれ。
皿の上に真っ黒い物とか、良く分からない物とかが乗っている。よくよく見ると、真っ黒い物は全細胞を焼き尽くされたらしい炭の塊だった。
おかしい。そんな物はひとつも使っていない筈なのに、机の上が前衛的なアートみたいな事になってる。コップの上に皿が乗ってるとか、色味が黒で統一とか、斬新すぎるだろ。
……………ああ、そういえば結構前に料理苦手だとか良く失敗するとかなんとか、言ってたような言ってなかったような。見てから思い出すなよ。手遅れだろ。
とりあえず助けられそうな食材を幾つか抜き出してみたが、ほとんど後の祭りだった。
駄目にしたであろう価格をひぃ、ふぅ、みぃと計上して、さぁっと蒼褪める。
今日の給金消えたわ、これ。
「今日は上手く行った方だと思うんだ!」
やべぇ、これで悪気が無いのか、性質が悪すぎる。
「まぁ、食べられそうには無いがな」
分かってても言うな糞が。
疲れにとどめをさされた気分だ。殴る気力も無い、殴るけど。
顔面を押えてじたばた転がるアゲリハを置いて、ふらふらしながら隣の部屋に向かった。こんこん、と扉を叩くと、香ばしい匂いと共にセイゴが出てきた。
「ごめん、セイゴ、ちょっといいか?」
「うん、なんかサノト面白そうな顔してるからいいよー」
「……野菜の切れ端とか残ってない?」
唐突な相談にセイゴが目を丸くさせる。そして、何秒もしない内に盛大に噴き出した。
「ぶはははははは!!!マジうける!!!野菜の切れ端強請られたの初めてだ!!どんな美人にもハンサムにも言われたことねぇ!!うけるやべー!!はらいてぇ!!」
ぶんなぐりてぇ。
と、内心を沸騰させるサノトの目の前で、元の装いを取り戻したセイゴが「ごめーん!」と手を掲げた。
「僕は今日経費で買った骨つきのお肉を食べてたから、お野菜はありませーん」
「あ、それでいいよ、ガラ頂戴」
サノトの追い打ちに、セイゴが「え?」と素っ頓狂な声を上げた。
「…何するの?」
「煮出してスープにする」
「……………哀れな」
何の蔑みも含まず、セイゴが一声放った。
言ってくれるなと、サノトは頭を抱えた。
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