暫く二人で喚いていたが、唐突に背後から襟首を引っ張られた。首が締まって、ぐえ!と呻く。掴んだのはセイゴではなく、いつの間にか復活していたアゲリハだった。

振り返って顔を顰めるが、アゲリハは気にした風も無く、すっと親指を上げて何処ぞを差した。その先を目で追う。

扉の向こうで小さな影が、気まずそうに動いていた。アパートの管理人だ。

サノトの服を掴んだまま、アゲリハが「お前に電話だぞ?」と告げた。ついでに「オギからだ」とも。

吃驚して肩が震えた。慌ててアゲリハの手を解き扉に向かう。気の弱そうな管理人に頭を下げてから、一階にある共有電話に向かった。

壁に設置された受話器をぱっと手に取り耳に押し当てる。もしもし、と伺う前に、受話器の中から『あー!』と、嬉しそうな男の声が響いた。

『よかったー!つながりました!』

「お、オギさん…!あ、あの」

そういえば何も考えずに電話を取ってしまった。これもしかしなくても文句の電話なんじゃ…と思ったが、それにしては、声が楽しすぎるような。

「今日はほんとに、ほんとーにすみませんでした…っ」

とりあえず、電話相手には必要のない身振り手振りをつけながら必死に謝った。サノトの悲壮な声に、また『いいんですよー』と明るい声が返る。

『初日に失敗なんて誰にでもある事ですから、気にしないでくださいねー』

「は、はぁ、けど…」

あれは初日に失敗、のレベルにカウントして良いのだろうか。大失敗どころか大失態、賠償考えても良いくらいじゃ。

『明日も来てくださいね?』

「え?い、良いんですか?俺辞めるつもりで…」

『辞めないでくださいー!また探すのも大変なんですよー、それにほら!棚の!』

「はい?なんのことでしょう」

『なんかすっごくおっきなパンあるなぁ、僕何時作ったかな?と思って、ご飯時に食べてみたら、びっくりしましたよー!今まで食べた事の無い独創的な味がしました!』

「はぁ…」

『あれサノト君かアゲリハさんが作ったんですよね?僕気にいっちゃって!是非品目に加えたいんですよ!明日にでも教えてくださいよー、ね?ね?』

「………………」

『ね?』

「………………分かりました、オギさんがそうおっしゃるのなら、明日からもお願いします」

『やったー!』

ちらりと、上を見上げる。

あいつの所為で問題が起きて、あいつのお蔭で首が繋がった、らしい。…アイツは人生をバク転しなければ生きていけないのか、なんというはた迷惑だ。

幾つもの天井を越えた先に居る赤いカラスを思い浮かべながら、なんだかなぁと、誰にも聞こえない声で呟いた。

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