なるべく近場で、サノトやアゲリハに出来そうな仕事をセイゴに手伝って貰いながら探し、電話にまでこぎつけた。

電話に出たのは優しそうな男の声だった。年齢や性別を聞かれた後電話番号を聞かれ、どもりながらもアパートの共有番号を伝えた。

人手が足りないから、来れそうなら今日の昼過ぎにでも早速来て欲しいと懇願され、二つ返事で頷いた。

電話を切ると慌てて準備を始めた。動きやすい服を自分とアゲリハに着せ、セイゴが目的地にまるをつけてくれた地図と貴重品を持ち、セイゴに礼を言ってアパートを飛び出す。

場所は此処からバスふたつ離れたさんまるご。惣菜パンを手売りしている店だ。

丁度目の前に現れたバスに二人で乗り込み、丁度空いていた席に座る。

ふう、と息をついたサノトの隣で、かたかたと椅子が震えた。振り向くと、やたらと嬉しそうなアゲリハが、らんらんとした顔で肩を震わせていた。

「楽しそうだな」と呟けば「楽しみだ!」と返される。羨ましい程の能天気さだ。

サノトはといえば、窓枠に頬杖をつきながら今更に不安を覚えていた。新しい事をする前の緊張感とか、恐れとか、そういう類の物だ。

それ以上会話をする事無くバスが目的地に着いた。扉を開けて地面に足をつける。早速、持ってきた地図を広げて首を振った。

バス亭からまるまでは然程離れていなかった。此処から肉眼で分かる筈の距離だ。

きょろきょろしているサノトの横で、ひょこっと顔を覗かせたアゲリハが、地図の表面を叩いてから「あっちだ」と、バス停から右側を指差した。

じ、っと遠くを見つめると、建物の近くで真っ赤な箱と、大きな傘が置かれていた。

100メートルくらい手前まで近づくと、箱の中からすっと誰かが顔を出す。

首を左右に振ったかと思えば、こちらを見つけるなりぶんぶんと手を振ってくる。もしかしなくとも、あれが仕事先だろう。

もう寸分も無かった距離を詰め、箱から顔を覗かせた誰かに「こんにちは」と挨拶をすれば、とても良い笑顔で「こんにちは!」と元気に挨拶を返された。

大柄な男だがとても優しそうな雰囲気だ。首輪をしているので既婚者だなと思う辺り、この国に来てから随分感覚がこちら寄りになったものだ。

「あの、先ほどお電話しましたサノトと、こっちがアゲリハです」

「ですよねぇ!バス亭の方からお二人で地図を見ながらいらっしゃったのが見えたから、そうかなー!って!」

「は、はぁ、ははは」

新人歓迎にしては随分テンションが高い。ちょっと引いてしまったが、向こうは気付いていない様子だ。

「僕はオギと申します、いやーそれにしても、助かりました!雇っていた人が急に辞めてしまって、もう誰の手でも借りたい所にさっと求人が来たものですから!ささっ、どうぞこちらへ」

「よ、宜しくお願いしますオギさん」

「よろしくたのむぞ」

「はい、まずはですねー」

オギは赤い箱の中にサノト達を誘うと、手狭なカウンターの上で両手と物を弄り始めた。

赤い箱の中は物が所狭しと並んだり、積み上げられたり、吊り下げられたりしていて、その大半が食材や調理に使えそうな道具だった。

「あ、今更ですけど、お料理は出来ますか?」

「特殊なものじゃないなら…」

「大丈夫です!ほんとにうち、簡単な作り方なので、えーと、手袋をしてから、台の上に紙をひいて…」

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