二人がなにやら難しい話をしている間に淹れ終わった不思議な香りのする茶を3つ適当に並べた。
冷蔵庫らしき物に入っていたミルクと砂糖っぽい物もその横に添える。
セイゴが席についてカップを手に取り、同時にアゲリハもカップを手に取った。
予め砂糖とミルクをたっぷり入れて、また同時に、くっと飲み込む。
二人とも華やかな顔立ちの所為か、黙って茶でも飲んでいれば絵になるなとぼんやり考えた。
窓際に座っていた所為か冷たい風が入ってきた。閉めようかと席を立ち、窓に近づいたところで―――ぎょっと目を剥く。
小さな窓の向こう側、色合い鮮やかな建物の真上、登り切った月を見上げてぱっと口を開く。
「月が……」
その形が、正円でもなく三日月でもなく、まるで鉱石のような形をしていたのだ。
色は白と、薄青色で、鈍く発光している。視点を少しでも変えると輝き方が別の物に見えた。あらゆる光彩を放つ、まるで宝石のように美しい月だ。
「どうした?」
アゲリハに不思議そうに尋ねられ、サノトはふっと視線を落とした。「月が、」と呟き、身体ごと震える。
近付いて来たアゲリハが空を見上げ、得たように「ああ」と首を曲げた。
セイゴといえば、カップに唇をつけたまま、不思議そうに首を傾げている。
「お前の国の月は美しかったな」
今しがたサノトが思った事をアゲリハが反転させる。ふつふつと、不思議な気分が湧いた。
「初めて見た時は本当に驚いた、丸くて、乳白色で、トーイガノーツの月には無い趣だった」
「月が丸いの!?」
首を傾げていたセイゴが急に席を立ち、丸い目をサノトに向けた。物凄い驚き様だ。多分、自分も同じ顔をしていたんだろうが。
「そうだ、柔らかい弧を描く白い月だった、私はあんなに美しい月を見た事が無い」
「…へぇ、いいなぁ、僕も見てみたいなぁ」
セイゴがぱちぱちと、興奮気味にまつ毛を瞬かせる。アゲリハがふと笑って眼を細めた。
やがて誰かがくしゃみをひとつすると、アゲリハがサノトに「冷えるから閉めてくれ」と頼んだ。
窓を閉める途中、もう一度だけ空を見上げた。相変わらず、青色の宝石が空の上でちかちかと光っている。
「月が違うなんて面白い話だよね、戻った時にあの人にも教えてあげようかな」
「ガィラか?アイツは月が違う事になど興味を示さないと思うがな」
「いいんですよ、僕があの堅物さんに話したいだけなんで…よっと!」
茶を飲み終えたらしいセイゴが椅子から立ち上がり「またねー」と言って背を向けた。その途中、「そういえば」と首だけで振り返る。
「アゲリハ様、そのガィラ様からご伝言です」
「なんだ?」
「さっきのお家賃の事なんですけど、今回は蝗から一切支給しませんとの事です」
「……ん?」
「ガィラ様から、アゲリハ様に一言も間違い無く伝えろと言われているので申し上げますね、…今回は少々目に余るものがありますので、初回準備と万が一の為動力代の世話まではしてやりますがそれ以外の援助は致しませんよ馬鹿野郎!だって!」
「………」
「………」
「…あの、つまりどういうこと?」
「つまりね、アゲリハ様があてにしてたお金、簡単に言うと君らのこれからの生活費、今全部ぱぁになったよ!」
…。
えっと、その、つまり?
…。
「お…お前ぇぇえ!!何時間か前に!ドヤ顔で!俺を養うだとか責任取りたいだとか結構な事ほざいてなかったか!?」
「当てが外れた!」
「養う当てが他人任せとかお前クズにも程があるだろ!!」
「ははは!駄目な男に捕まっちゃったねサノト!」
「ねぇセイゴ!これいらない!?いらない!?あげるよ!?なんならリボンでもつけようか!?」
「ぶははは!レースがついてもフリルがついても絶対にいらねぇ!」
そんな良い笑顔で拒否らないでくれ!どうしようも無くなるじゃないか!藁にすら縋れないじゃないか!!あぁあああもう!
だれかたすけてくれぇええええ!!
「あ、そういえばねサノト、君にも口止めされてるんだけど、あの緊急列車あるでしょ?あの事誰にも話さないで黙っておいてくれないかなー?他はそんなに問題無いんだけど」
「………」
「もしアレを君が誰かに話しちゃったら動力分の援助もぶち切るって上司が言ってたんだけど…って、聞いてるー?あははー!」
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