暫くすると、車内からノイズと共に「つぎ、さんのななです」というアナウンスが流れた。

アゲリハが立ち上がりバスの中央を通る。床を踏みしめる音にサノトも続き、丁度停止した車体の扉を通って外に出た。

先ほどとは違う色の地面を踏んでいると、程なくしてバスが大きく震え、ごとごと音を立てて去って行った。

何となく見送っている内に、とんとんと肩を叩かれる。

「サノト、私たちの住まいはあそこだそうだぞ」

「ああ…」

指差された方を振り返ると、鮮やかな色合いの建物がずらりと並んでいた。

その中の一つに入りこみ、小さな入口の傍に備えつけられた、これもまた小さな昇降機に乗り込む。

時折がん、とか、ごん、とか、何かにぶつかる音を立てながら箱が上に上に昇った。

時計のような数字盤が周り切らない内に箱は止まり、程なくして扉が開いた。細長い廊下を先にアゲリハが踏みしめる。

アゲリハが、一定の間隔を空けた扉たちの内、向こう左から4番目、丁度目の前に近い扉に近づいた。

扉の隣にぶら下がっていた紐をおもむろにと引っ張ると、扉の奥からじりん!と鈍い鐘の音が聞こた。

直ぐ、扉が内側から開く。出てきたのはセイゴだった。

自分達の姿を見るなりぱっと眼を開き、「おそーい!」と軽快な悪態をつく。

「準備ご苦労、もう入っても大丈夫か?」

「大丈夫ですよ、ふふふ、中々可愛いお部屋ですよー?」

セイゴに誘われ中に入る。明るすぎない照明が部屋全体にゆるく浮かぶ、落ち着きのある雰囲気の部屋だった。

近くに置いてあった椅子に腰かけ、ふうんと辺りをよく見渡す。

アゲリハといえば、あっちへ行ったりこっちへ行ったり楽しそうに見物していた。

然程広く無い空間を大体見終えた後、アゲリハがぱたぱたと駆けながら「いいな!」と一声上げた。

「サノトの言う通り適度に狭くて気に入ったぞ!」

「僕も僕も!この狭さが良いよね!サノトの言う通り!」

なんか遠回しに厭味言われてない?気の所為?

「あ、僕の部屋隣に取ったからよろしくねー、遊びに来るから」

「ああ」

「とりあえず今日は疲れたからもう寝るね、明日からの事はまた明日にでも…おっとそうだ」

何かを思い出したのか、セイゴが小走りで立ち去り、また小走りで戻ってきた。手には一枚の紙が握られている。

「アゲリハ様、蝗の方で此処の事務処理しないといけないんで書類を記入してください、明日向こうに送りますから」

「ああ、わか…」

紙をにこやかに受け取ったアゲリハが、一転して渋い顔を滲ませる。ぱん、軽くソレを叩いて見せた。

「なんだこの値段は、家賃が以前の相場の2倍近く違うぞ、店舗か倉庫が集中している場所ならともかく、三番街の端は割と格安の筈だろう?」

2倍、という事は、家賃が以前は4万だとすると、今は8万にまで膨れ上がってるって事か。

「前にこの辺りで投資活動があったそうなんですよ、あれです、あれ」

「…アスタの投資家か」

「その通りです、それで今はこの地上げ、これでも落ち着いた方なんですよ?他の街と比べれば別に高くない値段でしょう?」

「それはまぁそうだが、…アスタは一体此処に、今度は何を見出したんだ」

「あれですよ、あれ、何時かにトーイガで物凄く本が売れたじゃないですか」

「ああ、あったなそんな事」

「あれは内容が良かった、っていうのもあるんですけど、現実味があったっていうか、作家が何でも無い街で頑張って、作家になる自伝、って事の受けが良かったらしくて、感化された奴らがたくさん沸いたんですよ、作家になる事に」

「…ああ、なるほど」

「本が売れに売れ始めた大台、あの作家が棲んでいたのはこの辺りだって噂が立って、付近に作家志望が押し寄せたらしいんですよ、それも急な右肩上がりで、それが起こる前にこの辺りの利権を安い内に大量に買い叩いた奴が居たそうなんですよ、もちろん、アスタの投資家」

「本が売れる事と、その本から土地が売れる事を見越した奴が居て、本が売れる前に土地の利権をかき集めて後で売り捌いたという事か」

「そー、噂を流したのもそいつじゃないかって噂もあるし、ふふ、何処まで本当ですかね?」

「それはそれは、何時聞いても大層な話だ、…しかし、羨望というのは時に流行るな、何時も思うが、あれになりたいと思っている内は、そうはならんと思うぞ」

「ふは、まあその通りですけどね、ま、とにかく値段はこのままですよ」

「…了解した」

「セイゴ、お茶飲んでくか?」

「わー!貰う貰う!」

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