成果を上げられない(らしい、自分には判断がつかない)まま何軒か目の店を出ると、ひゅっと風が吹いた。
我慢できない程ではないが肌寒い。
辺りはもう薄暗い。しかし夕方に起こる筈の赤焼けは見なかった。そういった現象がないのかもしれない。
慣れない事をして頭と目が疲れた。きゅ、と目頭を押さえたサノトの後ろを、アゲリハがいそいそと近付いてくる。
「どっと疲れた…」
「お疲れ様だな、サノト」
ばんばん肩を叩いて労われる、痛い。
サノトの前に廻って「行こう」と手を伸ばしてきたが、手は取らず隣を抜けて歩き出す。大して気にした風も無く、アゲリハも歩き出した。
「そろそろ住居の準備も完了しただろうし、今日はもう切り上げてそっちに行こう」
来た道とは反対の方向へ進み、暫くして背の高い棒付きキャンディみたいな物の前に立った。
何人かの人が、その棒と自分の時計とを見比べている。近くには大きな箱のような物が置かれている。
これは何だと尋ねれば、「バス停だ」と返ってきた。
「バス亭?」
首を傾げたまま目の前の道に目を向けた。そこには、今日一日、結構な頻度で目にした小さな線路が敷かれていた。
「遠距離から中距離までは列車を主に利用するが、番街内を移動する短距離利用は主にバスだ、使い分けを覚えておくと良い」
「…なあ、もしかしてバスって、線路使うの?」
「ほかになにを使うんだ?」
「…あーそうなんだ、うん分かった、そういうものなのね、了解です」
もごもごと首筋をかくサノトを置いて、アゲリハが一旦その場を離れた。
棒付きキャンディ、もとい、バス停近くに置かれた大きな箱の前に立ち、何事かを始める。
数分して戻ってくると「これを持っておけ」と何かを手渡された。
アゲリハに手渡されたのは大きな付箋束のようなものだった、材質は割に固く、一枚めくると根本がぱきりと音を立てた。
同じような物をもうひとつ取り出したアゲリハが、とんとんとソレを指で叩きながら「回数券だ」と言った。
「それを使えば大抵のバスも列車も利用できる、一度に一枚使え、距離は関係ない」
…という事は、あの箱は売り場の箱か。
そうかと頷き、貰った付箋もどき、もとい回数券をポケットにしまった。
アゲリハと適当に喋ってから数分もしない内にバス…とは少し違うものが来た。小型の線路の上を走る小さな電車だった。
いわく、これがこの国のバスらしい。…ややこしいなぁ。
目の前で止まった電車、もといバスにアゲリハが入り込み、回数券を入口付近の穴に放り込む。
それを見習って、捲ったばかりの回数券を一枚穴に放り込んだ。
入れる度、穴がばく、ばく、と開け閉めされる様はまるでエサやりのようだ。
車内の、奥からひとつ前に座る。椅子は堅く、長く座っていると尻が痛くなりそうだ。
外に居た人間が粗方入り込み、中に居た人間の何人かが捌けると、じりじりと喧しい音を立ててバスが発車した。
時折、バスの中から「さんのいち、到着です」とか「さんのに、到着です」とか聞こえてくる。その都度、人が乗降しているのが見えた。
暫くは色々な方向に首を回していたが、その内退屈になってきた。それを見越したように、アゲリハが傾いたサノトの肩を叩いてきた。
「サノト、今の内に説明しておこう」
そう言って、アゲリハが空の永久動力と、初めの店から持ち出した動力を取り出した。両方の金具部分を指刺し、掲げて見せる。
「此処、此処が重要だ、分かるか?」
金具の一部に爪を押し当て、更にサノトに近づけてくる。
分かるか?と言われても、サノトにはそれがその形をしている事しか分からなかった。
一旦、アゲリハが二つの動力をサノトの前から引いて見せる。
「動力の差込口は一度大量に作られたら二度同じ型番を使わない、度々変化させているんだ」
「なんで?効率悪く無いか?」
「その効率の悪さが良いのさ、経済効果の為、その都度いろんなものが作り直される訳だな、だからデマが流れ放題になった訳だが」
「その、たくさんあるデマの答えがこれって事か」
「そう、私が知っている限りでは、永久動力と差込口が類似する型番はグランディアの記念祭に合わせて作られたものだ、似た物は総じて店に集められやすい、つまり、そのシリーズを基準に探せば、永久動力を見つける可能性が高くなるという事だ」
「へえ…」
「唯、グランディアシリーズは動力の中でも特に数が多くてな、多少厄介だ」
「ほんとに厄介そうだな、無理だって言われるよりマシだけど」
「そうだな、…あ、そうだサノト!」
アゲリハが急にはしゃいだ声を上げた。何事だと目を見張っている内にがしり!と肩を掴まれる。
「グランディアシリーズと言えば首輪だ!」
「え?何が?」
「グランディアは過去、もっとも活躍した偉大な歌人だ、そしてグランディアは愛の歌を歌った人だ、国中を魅了したその歌声にちなんで、記念動力を加工した首輪は今でも人気なんだ、折角ならそれが良い!」
「いやだから、何が首輪なの?」
「え?首輪は婚約の品だろう?」
「誰の?」
「ははは、面白い冗談だな」
あ、俺か。素で返しちまった。
…それにしても、どうして此処はこう、常識と価値観が微妙にずれているのだろうか。変な気分になる。
「…婚約の品って、指輪じゃないんだな」
「何が?」
「いや何でもない、…まぁそうだな、別にお前が好きで買う分にはいいんじゃねぇの?」
人と関係を結んだ時、それに対して証を持つ事はサノトにとってどうでも良い事だった。
美木の時だって付き合っているからと指輪を強請られたが、本人が欲しいならまあ良いかという感覚しか掴めていない。
という事で、今回も同じような事を言っておいた。
前回と違って今回は送る側の義務が無いから、財布が痛く無くて良いな。
此処の金を持っていないので、痛くも痒くも、それ自体が無いんだけど。
サノトの言葉をどう受け取ったのか、アゲリハが肩を掴んでいた手を離し、次いでぎゅうとくっついてきた。
「楽しみだな!」
同意を求められたので、「そうだな」と返しておく。「別に」と言ってしまえば、金切り声を上げるだろうというのを何となく察したからだ。
…そういう所を感じとれるって事は、こいつ結構女っぽいんだな。という考えも、伝えれば面倒な事になりそうなので、そっと閉じておいた。
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