「列車って便利なのか?」
サノトも列車を使ってはいたが、矢張り、身近なのは線路よりも道路だ。
国の交通機関の主が線路に依存するというのはどんな生活になるのか。想像もつかない。
サノトの疑問に対し、アゲリハがふるふると首を振った。それから「利便性ではないな」と答える。
「これらが建設され始めた当初、これが一番儲かる事業だったというだけだ、これ自体の価値では無い、これに価値を求めた奴らの働きによって、トーイガノーツの交通手段は現在こうなったわけだ、そこからダイヤの見直しや小型線路の建設、永久運行を導入しながら利便性を追求し、利益の名残を利便にしたんだ」
「……えーと?」
曖昧な説明過ぎて良く分からなかった。首を傾げていると、アゲリハが目の前で手を振った。
「世間話をしただけだ、気にするな、覚えていても分かっていなくてもお前には関係ないだろう」
「ああ、うん、わかった?」
「それよりも、此処だサノト」
もう少し歩いた先は駅の周辺よりも雑多な雰囲気で、食べ物の匂いからインクのにおいまで、様々な物が醸し出されていた。
体感時計でおよそ15分程歩いた所で立ち止まったのは、他よりも一層古臭い、染みの浮き出た石作の建物だった。
「ここ、なんだ?」
「骨董美術を扱う店だ」
「骨董美術って、…なんだ?」
「いわゆる装飾店の類だな、雑貨にも分類される、この辺りを三番街と言うんだが、此処はこの付近の街の中でも骨董美術をよく扱っているんだ、…そうだサノト、先ほど出しそびれたがこれを見てくれ」
頷くサノトの目の前でアゲリハが羽根から何かを取り出した。
陽を浴びてきらりと光る、硝子のようなものだった。一部に金具のような物が刺さっている。
それを掲げて「美しいだろうこれは」と輝きの是非を問われる。素直に頷くと、にこりと微笑まれた。
「これが例の、空の永久動力だ」
「…え!?これ!?」
機械を動かす固形物というからには、もっと、石炭のようなごつごつしたものを想像していたのだが、これではまるで宝石では無いか。
「これを差し込めば物が動くってのか…?」
「そう、しかしこれはもう価値の無いものだ、動力としてはな」
「…他にはある、って事か?」
「その通り、動力は尽きると透き通り、それを光に翳すと煌めきが生まれる、時代がそれを美しいと感じるようになって以降、これは尽きた後にも利用される事になったんだ、それが骨董美術のひとつ、廃棄動力だな」
「つまり、残り屑だけど綺麗だから、売れる対象になったってことか?」
「そうそう、ここで一つ覚えておけ、サノト、永久動力というのはそもそも透き通っているんだ」
「は?」
「動力は物によって初めの色や癖が違ってくる、だが、永久動力だけは初めから無色透明なんだ、原理は良く分からんが、使い切った後も、永久動力だけは様相が変わらないようだな」
「つまり、それが癖ってことか?」
「そう言われればそうとも言えるな、それはさておき、その所為で、白や乳白色だった動力が、廃棄動力になって無色透明になった物と混ざりやすいんだ、ちなみに、色つきの廃棄動力はごまんとあるが、無色透明の廃棄動力もごまんとある」
「……面倒な話だな」
「まあな、…骨董美術における廃棄動力は、廃棄された動力をなお美しいと謡う、好事の心理をついたものだ、その好事家達が手にした廃棄動力の中に、永久動力が紛れていた事例が過去いくつもあった、過去を倣えば今を育む、まずは骨董美術から動力を探してみよう、今日明日に見つかるとは言わんが、良い線の捜索が可能だろう」
「お、おう」
何となく分かるような、分からないような説明を受けた後、踵を返したアゲリハの背に着いてサノトも店に入った。
外観の重圧感に比例するように、店内は物で溢れかえっていた。圧迫されるような気分だ。
店の人間は物を売る気が無いのか、サノト達が中に入っても顔を出さなかった。
奥に誰かが居る様子だが、その誰かは、紙束を顔に乗せ、椅子に座ったままぴくりとも動かなかった。
もしかしたら寝てるのかもしれない。やる気ないなぁ。
多少埃臭い空気を切って、アゲリハが颯爽と中を歩いていく。その途中、一度足を止めサノトに振り返った。
指を真横に、真下に下げて、「これだ」と呟く。
指先には腕で抱えられる程の箱が置いてあって、その中には、透き通った綺麗な石がいくつも詰め込まれていた。
アゲリハが持っている石と同じく、みな一部に金具のような物が突き刺さっている。
「これが、えっと、廃棄動力って奴か」
「そうだ、…しかしこれだけか」
一旦黙り込んだアゲリハが箱に手をかけ、がちゃがちゃと中を探った。
いくつかを持ち上げ目前に掲げていたが、やがて溜息と共に手を止めた。
「…この中には無いな」
「え?もう当てなくなったの?」
「いやいや、此処は、という話だ、他にも店はあるから安心して良い」
「そっか…」
「とりあえず此処はもう出よう、…おい店主、これをひとつ貰うぞ」
羽根からまた、くしゃくしゃになった紙を取り出しその場に置くと、手に持っていた別の廃棄動力をしまい込んだ。
行こう、と言ってアゲリハが店の出入り口に向かった。その背を追いかけるが、ふと振り返って、奥の誰かに目を向けた。
声を掛けたというのに、誰かは相変わらず顔に紙束を載せたまま身動きひとつ取らなかった。耳を澄ませると、微かに寝息が聞こえてきた。
ああ、やっぱり寝てるのか。そのどうでも良い事実が、サノトの中でやけに馴染んだ。
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