抱き着かれたまま留まっているのが流石に恥ずかしくなった頃、サノトはアゲリハの腹にもう一発拳を入れて引き剥がし、元来た道を戻る事にした。
迎えが来たという事は戻っても良いという事だろう。それに、この事を別の人間に相談したいという気持ちも走っていた。
このままアゲリハに任せっぱなしではまたどんな展開に引きずり込まれるか分からない。
兎に角、アゲリハに帰る承諾を頂いたのだ、後は煮るなり焼くなりするだけだ。
とりあえずあの美少女―――セイゴと言ったか。彼女に相談すべきだろう。
その事をアゲリハに伝えると二つ返事で承諾してくれた。早速二人で来た道を戻る。向かうのはサノトが目覚めたあの部屋だ。
時計の広間から再びエレベーターに乗り込み、上の階へ。…向かう途中、ふと、そういえば、此処は何なんだろうと疑問に思った。
大きな建物というのは分かるが、それより他は真っ暗だ。
「なあ、アゲリハ、此処なんだ?」
道中、思った疑問をそのまま口にすると、アゲリハが変な顔をした後、ああ、と呟いた。
「そうだな、此処は零番街駅の複合施設と宿泊施設だ、もう少し下に複数の乗車口がある、サノトが起きた所は宿泊施設だな、比較的良い部屋なんだぞ?」
「…さっきからゼロ番ゼロ番って、なに?街の名前なのか?」
「うん?他に何があるんだ?」
「え?えっと、ほら、街ってさ、もっと具体的な名前つけない?此処だって、国はトーイガって言うんだろ?」
「国には名前がつくが、街は番号で振られるものだろう?」
「…うーん、そっか」
会話がちぐはぐになってきたので、とりあえず「そういうもの」と理解する事にした。
時計がさかさまに動いていたのだ、他にも多少の違いはあるのだろう。
アゲリハがサノトの所にいた時だって今のような理解を示していたし。理不尽ながらも此処に居る以上、今度はサノトが気を付ける番だ。自分の為にも。
適当に喋っていると程なくして元居た部屋に辿り着いた。アゲリハが先導して扉を開けると、中で美少女が一人お茶とケーキを楽しんでいた。
「おかえりなさーい、ごめんねサノト置き去りにしちゃって、代わりに素敵なお迎え寄越したから赦してね?」
「素敵過ぎて泣くかと思ったよ、で?返品は?」
「もれなく受け付けませーん」
ぶんぶんと笑顔で手を振られたので、何となく振り返してしまった。
アゲリハといえば、早速席に着いてケーキを頬張り始めていた。こんな事だけ相変わらず素早い。
それはさておき、とっとと本題を話そうとサノトも席に着いた。
一度咳払いをしてから「あのさ、セイゴちゃん」と話を切り出す。と、何故かきょとんと眼を丸くされた。
「ちゃん?」
変な反応をされた所為で早速狼狽えてしまった。「さんの方が良かった?」と訂正を試みた途端、ぶは!と噴き出される。
「止めてよ気持ち悪いな!呼び捨てでいーよ、女の子じゃあるまいし」
「………………………………え?」
余計に狼狽えてしまった。なに、なんだって?
「面白い冗談だね」
「ごめーん、これでも付いてる」
「……面白くない冗談だな」
「サノト、サノト」
隣からとんとんと肩を叩かれる、目を剥いたまま振り返ると、にっこり笑ったアゲリハが、次の瞬間眉を顰めて「私が女を同室させる訳無いだろう」と言い放った。
…。
そうだったね。そうだったけど、…そうなんだけど。
「…世界って広いな」
「そうだねぇ、まだまだ知らない事はたくさんあると思うよー?」
実物に言われると深みが違うな、すげーわ。今だけ砂糖を入れて茶を飲もう、気付け用に。
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