「………アゲリハ」
「ああよかった、直ぐに見つかって、迎えに来たぞ」
確かに迎えを寄越すとかなんとか言ってたけどさ、何もこいつ寄越すこたねーだろ。
いやこいつの事だ、反対されても勝手に押し通したかもしれない。
嬉々とした相手の様子に眉間の皺が増える一方だったが、ふっと、怒鳴っては元も子も無い事を思い出してぶんぶんと首を振った。
冷静に、冷静に。相手が何を言っても状況が打破できる迄受け流さねば。あと、こちらに利益のある騙し方を…どうやるんだろう。
簡単に考えてたけど…駄目だな、俺、そういう事ってしたことないし、映画だって、サスペンスやミステリーより、アクション系の方が好きだし。
何も言葉が思い浮かばず黙っていると、その内アゲリハの方がもじもじと動きだした。顔を上げたサノトに恥じらうような笑みを浮かべ、小首を傾げる。
「あの、ほんとは迎えに来ただけじゃなくて…」
「………何だよ」
「お前と、その、もっときちんと話をしようと思って」
事後にそういう事を言うんじゃねぇ!!と、怒鳴りそうになった口を無理矢理噤んだ。落ち着け、凄く頭に来たけど、落ち着け。
口を開くと罵声が飛び出そうになるので、良い案が絞り出るまでじっと黙っている事にした。それをどう捉えたのかは知らないが、アゲリハが急にじりじりと距離を詰めてきた。
「ま、まだ怒ってる?」
「………」
「無理に連れてきたのは、その、悪かったと思ってるんだ、ほんとだぞ?」
そういうのは、悪かったと、思ってるに、はいらねぇよクソが!!という言葉も飛び出る寸前で飲み込む。かなり危なかった。
なんというか、さっきから話をしようと言う割に神経を逆撫でする台詞の連続だ。困るじゃないか、こちらの理性が何時まで、
「けど、こっちならお前を養ってやれるから!」
持つか、
「な?存分に遊んで暮らして良いんだサノト」
分かったものじゃ、
「告白したからには責任を取らせてくれ!」
ないわ今切れた。ダメだったーあっはっは。
「お前今なんつった?」
地雷を思い切り踏んづけてきたアゲリハにぐいっと詰め寄る。本来は閉じて然るべき口だが、ちょっと、今のは聞き捨てならなかった。
「責任?責任つったかお前いま」
「え?え?」
「それさあ、責任じゃなくてお前の都合だろ?適当ぶっこいてんじゃねぇよ舐めてんのか」
「い、いや」
「つうか何が養ってやる、だ、お前言ってる事分かってんの?自分はヒモが嫌で俺にソレを強要したいって事だぞそれ?ちょっと両手上げろ」
「え?こうか?」
「どういう了見だくそがぁ!!」
空いた腹に思い切り肘を入れると相手が即座に咽返った。痛む腹を押さえて地面を転げ回る姿を見下しながら、ぺっと唾を吐く。
最低な告白だ。普通の状況で女に言った言葉ならばまだ話は通じるだろうが、自分の立場、状況では到底嬉しくも有難くも無い。
加えて、さもこちらの為ですという言い方が腹立つ。
未だに腹を抱えてシクシク悲観するその背を軽く蹴り上げ「ふざけんなよ」と唸る。
「てめぇみたいな身勝手クソカラスに養われるとか死んでも御免だっての、んな事になる位ならてめぇを養ってたあの死ぬほど迷惑な状況のがなんぼかマシだ馬鹿野郎!!」
一息で言い切ると、それまで震えていたアゲリハの身体がぴたりと固まった。
何事かと身を引いたサノトの目の前で、アゲリハが痛みを忘れたかのようにすく!と立ち上がり、何故か、頬を染め、きらきらとした目を向けきた。
「…そうか」
何か合点がいった様子だが。はて、何を理解したのか。
「サノトは養いたい派なんだな!」
「……………………………………………………はー」
怒りを通り越し今度は呆れ返ってしまった。言葉も出ないとはこの事だ。
何でそういう解釈するかな。初めて会った時からおかしい奴だとは思ってたけど、改めてこいつ頭おかしいんだなと再認識してしまう。もうやだ。
「……かえりてぇ」
頭を抱え、ぽつりと総合感想、及び願望を呟くと、徐に肩に掴まれた。
顔を上げると、とても晴れやかで、優しげな眼を向けられた。
「相談しなくてほんとーに悪かった」
「いや、それ以前のもんだ」
「うんよし分かった、帰ろうサノト!」
「い…?」
「あの時はお前とこっちに戻ろうという気持ちが先走ったが、…うん、向こうでお前に養われる生活も楽しかったし、お前があっちの方が絶対に良いというなら私はそれで構わないぞ」
「…というと?」
「私は、お前が望むのならヒモだってかまわない!」
今物凄く駄目過ぎて恐ろしい事を言われた気がする。
いやそれよりも、何か、両想い前提の話をされていないか?こいつの中ではさっきの罵倒が好意的に変換されたままなのか?ないわー。
即座に訂正しようとして、びたり、と口が止まった。そのまま笑みを浮かべようとして、思い切り引き攣った。
何とか頷き「うれしいよ」と、一言添えると、心底嬉しそうな笑顔を浮かべたアゲリハが「サノト!!」と、叫びながら抱き着いてきた。
それを拒否せず、敢えて受け入れた。別にそのつもりは毛頭なかったのだが、これぞまさに「騙す」なんじゃないかと思ったのだ。
再三言うが、そんなつもりはミジンコも無かった、唯の結果オーライ。
「私も嬉しいぞサノト!二人で絶対に幸せになろうなー!」
「はははー、そうだねー」
ぎゅうぎゅうと、苦しいくらいに抱き着いてくる巨体にしがみつきながら、帰れるならもういっそどうにでもしてくれと、乾いた笑いを響かせた。
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