おっと、今の俺の悪口か?
何となく悪意を感じてむ、と唇を尖らせると「別に悪い意味じゃないよー」と美少女が笑った。
「とりあえずお茶でも飲もっか」
美少女がサノトの代わりに扉を開けて出て行った。数分後、向こう側から配膳台と共に戻ってくる。
部屋の中央、大き目の机にまで進むと、台の上に乗せられていたあれやこれやを置き並べ始めた。
変わった形のカップに、四角いコースター、大きな角砂糖瓶、と、…うわ、なんだこのでかいケーキは。
スポンジの上にべっとりとクリーム色が乗せられている。形は崖のようだ。
赤い果物で頂上を飾るかと思いきや、またその上に同じようなものがどさっと乗せてある。ざっと見て40cmはある上に、今にも崩れ落ちそうなアンバランスさだ。
まじまじと凝視するサノトの目の前で、美少女とアゲリハが早速崖ケーキに手を伸ばし始めた。
まさかこれ全部食べる気じゃないよね?と、サノトが疑うよりも先に、次々にソレを頬張っていく。座るように促されたのでとりあえずサノトも席についた。
平常心を保とうと、いつの間にか用意されていたお茶に手を伸ばした。その隣で二人が、自分のお茶に砂糖を…あろうことかどばどばと入れ始めた。
………。
やばい、さっきから予想外が過ぎてどうやって驚いたらいいか分からないぞ。
「君はお砂糖何個いる?」
「…何十個の間違いじゃ」
「ん?」
「いや、俺、砂糖は入れない派だから…」
「へー!しぶいねー!」
渋いか?ふつうじゃないか?
これと比較したら、渋いなんていっそ茶葉食うレベルじゃないか?
「いやいやいやじゃなくてさ!」
常識外の糖分率に辟易していたが、本題を思い出してカップを力強く置いた。薄茶色の水滴が机にかかる。行儀が悪いがそれどころではなかった。
「此処、何処なんだよ!いい加減帰り方教えてくれよ!俺今休みなんだよ!三連休の最後くらい満喫させてくれ!」
「随分面白い事言うね」
もふもふとケーキを食べ続けるアゲリハの隣で、美少女がからからと笑った。馬鹿にしてんのかと怒鳴りかけたが。
「違う世界に来て休みの心配とか笑える」
次に飛び出た言葉にびたりと身体と口が止まった。は、とか、え、とか小さな単語を吐き続けて、最後にはサノトもからからと笑った。
「えー?」
「信じてないねー、まぁそうだよね」
「い、いやいやいや、だって、えー?そ、そんな、そりゃ列車飛んだのとか吃驚したしふつうじゃないとは思ったけど、けどそんな、列車ひとつ飛んだくらいで世界?世界が違う?はははうける」
だって飛行機があるじゃないか。竹だって、加工してくるっと回せば飛ぶよ?だから別に列車が飛んだ所で、えー?
何かどっかの国の秘密機関?作戦?兎に角映画的な何かに巻き込まれたとかなら百歩譲ってまだ分かるけど。世界とか話ぶっ飛びすぎだろ。
「ねぇ、君の世界に時計はある?」
スケールの大きい冗談に笑い声を立てていたが、突然、美少女が凛とした声を上げた。
「え?」
「ある?」
「ある、けど」
「そう、良かった、これで分かりやすくなったね」
美少女が持っていた食器をゆっくりと置き、頬杖をついた。軽く微笑を浮かべて、空いている方の手をサノトに向ける。
「僕はある人にね、君が起きて、もしこの事で混乱しているようだったら、こう説明してあげなさいって言われてるの」
「なに、を?」
「君の時計は今何時?」
「何時って…」
ちらっと、服の裾に隠れた時計を覗き見て、から、全身が固まった。
「ついでに、君がアゲリハ様に連れてこられたのは何時頃?」
「…………」
――――1時間も経ってない?
「こ、壊れ」
「他に時計ある?」
言われて直ぐに携帯を取り出した、が、液晶を見たのと同時にひゅ、と息を飲んだ。
腕にはめた時計と寸分変わらない、同じ時刻が表示されている。
「あれー?どうしたのぉ?壊れてたー?」
「………」
「ねぇ?一時間も満たないうちに外の国に渡ったのと、一時間も満たない内に得体のしれない列車で異世界に飛んだっていうの、時計が同時にふたつ壊れたっていうの、どれもあり得ないっていう点は大して変わらないでしょう?だったら却ってあり得るんじゃない?異世界飛行」
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