今まで見ていた夢が現実逃避という姿に形を変えた時、サノトは堪らず叫んでいた。
その悲鳴を携えたまま、勢い良く立ちあがって走り出す。床に振動を与えながら、車両の端から端へ、扉を掻い潜りながら全速力で駆け抜けていく。
しかし終わりは直ぐに訪れた、何両目かで、開ける扉が無くなったのだ。
恐らく最後尾だと思われる場所にへばりついた後、サノトは食い入るように外を見た。
ぼんやりとだが、地下鉄のホームに似た場所が見えた。真っ暗で、それ以上は分からなかったが。
「ど…こだよ、此処」
「サノト」
「ひっ!」
何時の間にか追いついていた男―――アゲリハが後ろから呼び掛けてくる。
あからさまに驚き振り向けば、ちょっとだけむっとしたアゲリハが、ずいっとサノトに近づいてきた。
「驚き過ぎだろう」
「おおおおおおま、お前!何なんだよ!」
不機嫌そうな抗議を綺麗に無視して、サノトは自分の意見を押し通す。当たり前だ優先順位が違い過ぎる。
「ここ、何処だよ!な、なんで列車がそ、空!空飛ぶんだ!」
奴が最初、サノトの町に外国から列車で来たと言っていた事を思い出す。
混乱しそうだったし、当人も簡単に考えてくれと言っていたので適当に頷いたが、もしやあの時から事態は大変な事になっていたのか。
だって、簡単に頷いた結果がこれなのだから。
「お、お、俺だって流石に、列車が空飛ぶのが普通じゃない事位分かってるんだぞ!なあ!なんなんだよお前!」
「良いんだ、サノト」
「は?」
何が?と言おうとしたが、すっと頬を撫でられ声が引っ込んだ。代わりに、ぞわっと鳥肌が立つ。
「お前はそんな事何も知らなくて良いんだ、惑う事は無い、お前は唯、私の傍に居さえすればそれで良い」
「は?え、っと?」
「ようこそ、トーイガノーツへ」
「え、ええ?」
「さぁーて、結婚するぞ!」
何を言うかと思えば、な台詞に、ぶち!と切れる。
「良い訳あるか!!!」
「======!!」
え?なんだ今の?
それまでアゲリハに向けていた視線をそろっと外した瞬間、ぎょっと目を剥いた。
何故なら、何時の間にと叫びたくなる程急に、第三者が自分とアゲリハの背後に立っていたからだ。
第三者である男は憤慨した様子で、未だこちらを向いているアゲリハと、茫然とするサノトにかつかつと足音を立てて近づき、一度ぴたりと立ち止まってから、すぅ、と息を吸った。
「======!!」
そんなに大きな声を上げなくても絶対に聞こえる距離で叫ばれ、耳がきーん!とする。良く聞き取れない、記号のような声だった。
アゲリハが男にのんびりと振り返り、にこりと笑った。
「ああ、ただいまガィラ」
「======!======!!」
にこにこ笑っているアゲリハの目の前で、男がヒステリックな声を上げ続ける。
「==================!!」
「あっはっはっは」
劈くような怒声だったが、それを受けるアゲリハはまるで柳がそよぐような態度だった。
それが気に障ったのか、男がひっくと喉を震わせた。ぶるぶると忙しなく揺れる指先でかちり、と自らの眼鏡をかけ直すと、次いで、勢い良くアゲリハにその指先を突きつける。
「====================================!」
「大したことか?」
「……、……!」
声まで震え始めた男が、不意にサノトの方を見た。
びくりと肩を戦慄かせ、じぃ、と凝視してくる男を見返す。
「======」
「は、はい?」
何となく、呼ばれている事を察して返事をする。相変わらず、その声は上手く聞き取れなかった。
「====」
「は、い?」
何度も繰り返して呼ばれるので律儀に返した、が、それが二人の間で実を結ぶ前に、
「ガィラ、彼はな、緊急列車で連れて来た私の運命の人だ!」
割り込んだアゲリハの声が二人の間をぶった切った。薪を割るような、ある意味痛快な一撃だった。
アゲリハの一撃を食らった途端、男が身体の震えを行き成り止めた。そして、聞こえない位小さな声で何事かを呟いた。
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