その間に延々と廃線が伸びて行くかと思いきや、線を、すっぽり吸い込む形で、黒い木製の倉庫が現れた。
倉庫は線路と同じく、寂れていて、塗装がたくさん剥げていた。
「どうしてこんなところに…」訳を聞こうとしたが、アゲリハが突然倉庫を開いた音にかき消された。驚く間も無く、中に押し込まれる。
建物の影と影に挟まれた倉庫の中は、日中にも関わらずとても暗くて、陽に慣れた目では、直ぐに辺りを見渡す事が出来なかった。
「おい、アゲリハ何処だ!なんなんだよ一体…アゲリハ!」
名前を呼びながら、何時の間にか離されていた腕を闇雲に振っていると。―――浮遊感に襲われた。
あ、とも言えずに、背中が地面に倒れ込む。
瞑った瞼を、暫くしてから開いた瞬間、淵が、驚愕に弧を描く。
暗がりが一転し、煌々とした光の灯る、列車の車内に自分が倒れている事に気付いた。
サノトが生まれてこの方、一度も見たことの無い内装だった。
把握に躓いて「…アゲリハ?どこだ?」縋る声で居なくなった相手の名前を呼ぶと、近くの扉から相手が姿を現した。
「なんだ、此処」尋ねると、さも当然そうに「列車の中だ」答えられた。
そうじゃない。そうじゃなくて。
「帰ろう。サノト」
「何を言ってるんだよ…駅はあっちだろ?戻ろう、の、間違いだろ…?」
「違うぞ。帰るんだ。トーイガノーツへ」
不意に伸ばされた手を「さわるな…っ」跳ね除け飛び上がった。
その後を追ってきたアゲリハが、「サノト」今度こそサノトの腕に触れて、とても嬉しそうに笑った。
何故彼は笑っているんだろう。サノトは、訳が分からな過ぎて笑えないのに。
理解が追い付けなくて、段々と、怖くなってくる。どうしよう。どうすれば良いんだろう。
アゲリハは、サノトの腕から今度は顔に手を伸ばすと「ひっ」小さく戦慄くサノトに目掛けて…ちぅ、と、間抜けた音を立てた。
口元から聞こえた音に、瞠目する。瞬きしていると、もう一度口元から音がした。ついでに、柔らかい感触がする。
次に瞬きをした時、アゲリハの顔が、物凄く近くにあることに気付いた。
…あれ?今、もしかしてキスされた?
「サノト、好きだぞ」
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