大量の汗を吸った服を身体に張り付かせたまま、扉の内側をがん!と蹴り着ける。

途端、びくりと肩を震わせたソレの首元を掴み、ぎりぎりと持ち上げた。

荒くなった息を無理に押さえて、目と口を一杯に開く。

「なに」なにやってんだ。なにをしてくれたんだと、口が震えて、止まって、閉じて、再び開く。

「なにやってんだ、アゲリハぁ!」

怒鳴り声を真正面から浴びせると、締め上げられたアゲリハが小さく咽込んだ。その隙に、サノトは目を瞑った。

瞼の裏側には、未だあの光景が焼き付いている。

ーー美紀が線路に落ちた後、その上を列車がスピードを上げて通り過ぎていった。

自分は、それを茫然と眺めていることしか出来なかった。

列車が数秒で姿を消すと、その場で膝を崩し、吐き気を片手で抑え込んだ。

それでも、恐る恐る、覗いた線路の上には―――誰も居なかった。

暫くすると、ホームの窪みから、彼女が身を乗り出してくるのが見えた。あの一瞬の内に、中に逃げ込む事が出来たらしい。

しかし彼女はそこで力を使い果たし、泣けない程の恐怖に腰を抜かして、その場に蹲ってしまった。

間髪入れず、その身体に手を伸ばし、震える彼女を引っ張り上げた。

恐怖に震える人の身体はぞっとする程冷めていて、同じように、冷えた自分の身体に合わさると、まるで氷のようだと思った。

そこから先はよく覚えていない。ただ、恐怖と吐き気が身体に渦巻きながら、兎に角逃げるように走った。

その後を、アゲリハが追って来ていたのだと気付いたのは、部屋に着いてからだった。

相手の顔を見た途端、恐怖が怒りに変わって、その矛先を本人に押し付けた。

「あんなの人殺しだ!何も無かったなんて、奇跡だぞ!分かってるのか!」

「…何を言う。知ってやった事だ。何かあれば良かったものを、しぶとい女だ」

「な…!」思わず出た手を逆に掴まれ、ぐっと詰め寄られた。片方の肩を強く掴まれ、爪が食い込む。

痛みに唸るが、相手は力を弱めなかった。そのまま「何故心にも無い事を言おうとした!」今度はサノトが怒鳴られた。

何を言われたのか、直ぐに理解が出来なかった。

「そ、そんなの、いま関係無いだろ…っ」

「お前が余計な事を言おうとしたから起きたことだ!関係どころか発端だ!もう一度言う、何故言おうとした!お前はもう気が無いと言っていたじゃないか!」

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