「じゃあはやく言えば?ほら、電車が来ちゃうよ?」
丁度、頭上から「まもなく、上り列車が通過します」アナウンスが降りてきた。
にやにや笑う美紀は、待ち遠しそうにサノトの顔を眺めていた。脅しと悪戯を兼ねているようだ。
「冗談はやめろ。危ないからこっちに来いって」
「ねぇサノト。なんかさー。こういう場面で、ほんとに死んじゃう恋人とかいるよねー」
サノトの忠告には耳を貸さず、ケラケラ笑ってシャレにならない事を例えられた。これは余程頭にきているらしい。
「美紀、もうちょっと、明るい場所で話をしよう」こんな場所では話にならないと、話題を逸らす目的も兼ねて場所変えの提案をするが「いいよ?好きって言ってくれたらね」…これでは堂々巡りだ。仕方が無い。ひと言だけなら罪にもならないだろう。
「…分かったよ。美紀、俺は、まだお前が」
「言うな」
その場しのぎの嘘が滑り落ちる寸前、明後日の方から声が聞こえた。
それが誰のものかを確認しようとして「ひっ…」暗闇から腕が生えている事に気付く。
ぐっと、息を呑んだ。体が冷えて、なのに、だらだらと汗をかく。
視線を逸らすと、美紀も、同じような顔で固まっていた。二人でホラー映画を見に行った時みたいだ。
滲んだ汗は、あの時とは比べものにならなかったけれど。
「サノト」再び染み出た声を聞いて―――はっと、肩の力を抜いた。
よくよく聞くと、それは覚えのある声だったのだ。
「…アゲリハ?」
姿はまだ良く見えていないが、確かに彼の声だった。そういえば、此処で待ちあわせる予定だった事を今更思い出す。
「アゲリハ…」振り返ろうとしたが、その前に、アゲリハが暗闇から抜けて、サノトの前に姿を現した。
それから、サノト…ではなく、何故か美紀の腕をつかんだ。明るみに出た顔が、ゆったりと弧を描く。
「止めておけ。気持ちも無いのに拾い直す必要は無いさ」
「なに言って」
「そうだな。…そのまま、事故にでもしてしまえば良い」
「え」どういう意味かを分かりかねている内に、急に美紀の身体が宙に浮いて、落ちて、直ぐ、どさりと、荷物を下ろしたような音が聞こえて。
え?
何。
何が。
何が起きてる?
無人のホームに、自分と、アゲリハと、―――ホームから落ちた美紀。
「――――――きゃぁあぁあああああああああああぁああっ!」
直ぐ傍で、甲高い悲鳴と、警笛が鳴り響いた。
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