「おい、汚れた袖なんてぶらぶら下げておくなよ、みっともないからさ」
「むー…」
「ほら、綺麗になったから、お前もう帰れ」
本題に戻ると、アゲリハがぐっと唇を引き結んだ。悔しそうな、悲しそうな顔だった。
そんな顔をされると、サノトの中からなけなしの情が生まれてしまう。
拭い終わったティッシュを離してから、相手と距離を取ると、幾分か柔和になった雰囲気で相手に向かった。
「悪いな、遊んでやれなくて。折角だから観光とかしたいんだろ?ひとりじゃ、何も分からないよな。でもな、何回も言うけど、俺にも都合があるんだ。いっときくらい我慢してくれ。帰ったら遊んでやるから…。あ、そうだ、明日も俺、休みなんだよ。明日なら、一日中付き合ってやれるよ。だから、な?とりあえず今は、大人しく何処かで、時間潰してきてくれないかな?」
そう言って笑うと、相手が何故かぐっと目を剥き、まじまじこちらを凝視してきた。
「お前が」何かを言いかけながら、もどかしそうに荒く息を吐く。
「お前がそんなだから!だから私は!…迷うんじゃないかっ!」
「は?」
訳の分からない事を言われ、首を傾げてしまう。
何を迷うんだろう?幾ら傾げても分からなかったので、次は口にしようとした。が。
「ぶっ!」合図もなく接近した相手の胸元に、ばふっ!と口を塞がれてしまう。
「いきなり何だ!抱き着くな!」怒鳴るも「いやだぁああ!」金切り声にかき消されてしまった。
「行っちゃやだ!サノトは今すぐ私と帰るんだ!反論は認めない!認めないからな!」
「だ、だからー!」
「やだやだ!絶対やだ!いいえと言うな!お前は首だけ縦に振っていればいいんだ!私を構えば良いんだー!」
「…ん、の…っ!」
相手のこねくりが再発し、折角落ち着き始めていた自分の琴線が酷く揺れてしまった。
同時に、湧いていた情もぽんと消え去ってしまう。
もう駄目だ。これ以上は―――無理だー!
隙間なく抱き着かれた状態で、サノトはかろうじて片腕だけを引き抜いた。
そして、その腕を、「うっぜぇ!」間も無く相手の胸に打ち込む。
とても良い音がした後、相手のバランスが大げさに崩れた。その隙に、さっさと身体を引き剥がす。
「こんのクソカラス!いい加減にしろよ!ひとが何時までも合わせてやれると思ってんじゃねぇー!」
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