「サノト!」っせーな粗大塵め。近所迷惑だっての。

喚く声にぼやいてみるが、相手の声は収まらず、きいんと、耳を突くばかりだ。

「教えて貰った場所に行ってみたが、酷い目にあったぞ!な、なんだあれは!ガタイの良い輩に散々付け狙われて、危うく貞操を持って行かれるかと思ったぞー!」

へー。有名なアーッ!って奴ですね。話に聞いた通りだ。食われなくて良かったね。

「それよりも!酷いじゃないかサノト!朝には戻るって言っておいただろう!なんで鍵が掛かってるんだ!叩いても鳴らしても起きないから、こんなところで三時間も待ってたんだぞ!寒かったんだぞー!」

ほんとうるせーなこいつ。朝っぱらからあたまガンガンするような声で喚くんじゃねぇ。

あと、それ、逆算すると四時じゃねぇか。四時なんて誰も起きてねぇよ。

相手の文句を聞き流しながら、何時罵倒し返してやろうかと、物騒なタイミングを計っていると―――「くしゅん!」塵、もといアゲリハが絶妙なタイミングでくしゃみをかました。その所為で、怒りがぽんと飛びぬけてしまう。

後に残った呆れが、溜息となってサノトの口から零れ落ちた。

「あー…もー…」

再び溜息をつくと、何時の間にか体育座りを始めたアゲリハの脇を抜け、さっさと塵を捨ててから、戻って、ぐい!と、相手の服を、声もかけずに引っ張った。

驚きに目を剥くその顔を一瞥して、してやったりと笑う。

「入れば?」

その言いぐさに、相手が少しだけ眉を顰めたが、その内、ふにゃりと相好を崩した。

どうやら、入れて貰える事の嬉しさに負けたらしい。その顔を見ていると、不思議な理不尽にかられた。

ああ、顔の良い奴ってずるいよな。こんな顔するだけで、なんだか、可哀想に見えてくるんだからさ。

そんな事を考えていると、横から、「サノト、サノト」相手にゴロゴロ纏わりつかれた。

はいはい適当にかわして、大きなカラスをべりべり引き剥がすと、ぽいと部屋の中に放り込んだ。

相手の鼻の頭が赤かったので「ちょっと待ってろ」自分だけキッチンに引っ込み珈琲の準備を始めた。

適当な分量の水と豆を入れてスイッチを押すと、暫くして、香ばしい匂いが部屋に充満する。

それを、不揃いのカップに注ぐと、両手に持ち、片方をアゲリハに差し出した。

「ほら、あったかい内に飲めよ」

気遣いの言葉と珈琲を差し出されたアゲリハが、受け取る前に、ぐっと口を噤んだ。そして「…珈琲か」と、苦々しい声で呟く。

「なんだよ、飲めよ」何秒経っても動かないアゲリハが、よくよくみると震えている事に気付いた。

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